2015年11月8日日曜日

日仏演劇協会主催 横山義志氏(SPAC文芸部)講演会『アヴィニョン演劇祭2015概観~今シーズンのフランス演劇の注目作品をめぐって』レポート

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【日仏演劇協会主催講演会】
アヴィニョン演劇祭2015概観
今シーズンのフランス演劇の注目作品をめぐって


報告者:横山義志氏(SPAC 静岡県舞台芸術センター文芸部)

聞き手:片山幹生(早稲田大学非常勤講師、観客発信メディアWLスタッフ

日時:2015/10/23(金)1830分〜 

場所:専修大学7号館772教室






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日仏演劇協会の研究会に静岡県舞台芸術センター(SPAC)の横山義志氏を招き、7月に開催されたアヴィニョン演劇祭2015の様子、今年のフランス演劇の注目作品についてお話を聞きました

アヴィニョン演劇祭にはいつごろから行かれているのですか?
SPACで働き始めた2007年からは毎年行っています。SPACの演劇祭に招聘する作品の候補を探しに行くのが目的です。だいたい二週間ぐらい滞在することが多いのですが、今年の滞在は5日間でした。この5日間で約20本の公演を見ました。演劇祭で演劇を見て回る楽しい仕事だと思われるかもしれませんが、一日3、4本の公演を連日見たり、いろいろ人と会ったりするので、実は体力的にはかなり大変です。

チケットと宿泊先の手配は横山さんご自身で行われているのですか?
はい、自分でやっています。チケットについてはプロフェッショナル向けの扱いがあり、一般予約が開始されるより前(5月頃)に予約します。プロ向けの割引はありますが、アヴィニョン演劇祭はチケット収入の割合が高いため、招待公演はほとんどありません。

演劇祭中の宿泊は、私は友人宅を利用しています。最初に行ったときは個人間の部屋貸し借りのシステムを利用して探したのですが、そのうちに貸主と仲よくなって友達になり泊めてもらうようになったり、部屋が空いていない場合は、ほかの人を紹介してもらうようになりました。演劇祭期間中は、居住している住居を演劇祭に来る人たちに貸すアヴィニョン住人はかなり多いのです。個人間貸し借りはフランス語ができないと難しいと思いますが。ホテルを探すとなると2月ないし3月ごろには予約しないと、市内の便利な場所で、比較的値段の安い宿泊先を見つけるのは難しいと多います。

見る作品を選ぶポイントは何ですか?
見るのは主に演劇祭の公式プログラムの作品です。SPACとしての作品選定の基準は明確で、要は劇団SPACの活動に刺激を与えうるような公演を選びます。独自の身体的メソッドを持っていて、俳優のありかたを重視するような作品ですね。毎年2月か3月に演劇祭のだいたいのラインナップが発表あります。日程等の詳細が決まるのは4月ないし5月頃です。

今年のアヴィニョンの演劇祭の雰囲気は総体的にどのようなものでしたか?
昨年2014年にオリヴィエ・ピィが演劇祭総監督に就任して、今年はその二年目にあたります。ピィ以前は、ヤン・ファーブルなどのパフォーマンス系やポスト・ドラマ演劇的なプログラムが重視されていたのですが、ピィが総監督に就任してからはいわゆる演劇的な作品がプログラムの中心になりました。「偉大なテクスト、偉大な俳優」による演劇ですね。フランス演劇も以前より上演が増えています。また今年はラテン・アメリカの作品が特集されていました。全体的にはメイン会場の法王庁中庭で上演されたピィの『リア王』などの大作の評判は今一つでしたが、小規模な作品に面白いものがいくつかありました。


以下、横山さんが言及した各作品ごとに記述をまとめます。作品リンク先では、映像抜粋や公演写真を見ることができます。

1. オスターマイヤー演出『リチャード三世


オスターマイヤーは、ピィが芸術総監督になる前からアヴィニョン演劇祭の公式プログラムの常連です。今年上演された『リチャード三世』は、演劇祭の目玉作品の一つとみなされ、チケットを取るのは大変でした。公演もおおむね高く評価されました。楽しい演劇的仕掛が詰め込まれたウェルメイドな『リチャード三世』でした。陰惨な悲劇ですが、エンターテイメント性豊かな明るい雰囲気の演出でした。オスターマイヤーの演出はサービス精神旺盛で、職人的に感じます。

 2.オリヴィエ・マルタン=サルヴァン構想『ユビュ王


今年の演劇祭で上演回数が最も多かった作品がこのジャリ『ユビュ王』です。映像を見ていただければおわかりいただけると思いますが、実に馬鹿馬鹿しい芝居です。日本の戦隊ものをモデルにしていたりして、高校生が体育館でふざけているような雰囲気でした。作品を構想し、主演しているオリヴィエ・マルタン=サルヴァンは、今のフランス演劇を代表する俳優の一人だと私は思います。マルタン=サルヴァンは、バンジャマン・ラザール演出の『町人貴族』で主役のジュールダン氏を演じた俳優です。17世紀のバロック劇から現代劇まで幅広い作品を手掛けています。この公演はアヴィニョンの郊外のあちこちの町を回って上演されました。

3.アラン・バディウー翻案『プラトンの国家』


演劇学校の学生とアヴィニョンの市民による朗読劇で、今年の演劇祭の話題作の一つでした。テクストはプラトンの『国家』をもとに学生や市民たちが討論した内容に基づいています。プラトンによる国家の分類を「独裁国家」、「共産主義国家」、「資本主義国家」等に置き換えアクチュアリティをもたせた翻案になっていました。翻案のバディウーはフランス現代思想を代表する人物の一人として知られている人です。

4.サミュエル・アシャシュ演出、「人生は短い」集団『フーガ FUGUE


今年のフェスティヴァルで見たフランス演劇作品の中で一番面白い作品でした(フランスのプロダクションは往々にしてイマイチなものもあるのですが)。南極観測隊の群像劇です。マルターラーを連想させる脱力系のシュールなユーモアに満ちた音楽劇でした。俳優の音楽技量はかなり高いレベルでした。哲学的な問いかけもあります。白い砂が敷き詰められた美しい舞台で、白砂は南極の雪を表し、登場人物は南極観測隊なので厚着していますが、実際には35度を超える猛暑のなかの上演です。この集団は南仏のコメディ・ド・ヴァランスの提携アーティストです。今後ますます注目を集めるでしょう。

5.マルグリット・ボルダ、ピエール・ムニエ演出、バドゥーイエック原作(『名祖のアルゴリズム』)『身を倒すことは禁止


日本ではまず上演されないような特異な演目だと思います。原作者は自閉症で、20歳のときに突然、プラスティック製のアルファベットで文章を書きはじめたという人です。それまでは言葉を発することがなく、全く文字の読み書きを行わなかった人だそうです。この自閉症作家のことばが、シュールで実験的な舞台のなかで語られます。様々な「実験」が舞台上で行われるのですが、その実験が成功したのか失敗したのかさっぱりわからない。奇妙で形容しがたい作品でしたが、非常に印象的な舞台でした。音楽性のある詩的な舞台でした。

6 ステレオプティック出演、ペフ(漫画家)原作『ダーク・サーカス


2人組の舞台で、1人は主に音楽、もう1人はデッサンを担当します。ライブで描かれるデッサンの様子が背景に映像として映し出されます。映像はほとんど全編白黒です。描き出されるサーカスの内容は、シニカルで絶望的なものです。空中ブランコ乗りはブランコから落ちて死ぬ、猛獣遣いはライオンに食べられてしまう。その場で書き上げられるデッサンの美しさがとても印象的でした。今回の演劇祭で非常に評判がよかった作品の一つです。

7. ガエル・ブールジュ『我が唯一の欲望に


パリのクリュニー美術館所蔵の『一角獣と貴婦人』のタピスリーに基づく作品です。ガエル・ブールジュは40歳ぐらい女性アーティスト。子どもの頃に様々なジャンルのダンスを学び、パリ第8大学で文学を学んだあと、自分でパフォーマンス・グループを立ち上げた。並行してストリップ劇場で働いた経験があり、裸体や男性の視線に関する作品で注目されました。
この人の表現の基本は裸体です。タピスリーに描かれたモチーフをひとつひとつ図像学的解釈を踏まえて演劇化していきます。最後の場面はエキセントリックで衝撃的でした。赤い背景幕が落とされ、後ろに広大な闇が現れます。そこにはウサギの仮面をかぶった35人の裸体の人物がいて、ドアーズの『ジ・エンド』の熱唱にあわせて激しく踊りまくるのです。この35人はアヴィニョンで募集されたエキストラでその8割が女性でした。最後には全員、裸のまま仮面を取ってカーテンコールに参加していました。

8.エシュテル・サラモン振付『モニュメント・ゼロ 戦争に取り憑かれて(1913-2013



今年のアヴィニョンで見た作品のなかで、個人的には一番印象深かった作品です。振付のエシュテル・サラモンはハンガリー出身の振付家で、現在はベルリンとパリを拠点にして活動しています。バレエからコンテンポラリーダンスへと続く舞踊の流れからとりこぼされた、身振り、身体性があることを、この作品は気づかせてくれました。アフリカ、中東、バリ島、チベットなどの戦闘行為を模したダンスを収集し、それらをアレンジし、再構成することによって作品が作られています。作品のタイトルにある年号は、ヨーロッパが関わったヨーロッパ以外で起きた紛争を示していて、ヨーロッパによって戦争が輸出されているポストコロニアルの現状が表明されています。作品の評価は大きく割れました。単なるフォークロリックなダンスではないかという感想もありました。