2026年3月1日日曜日

ニース研修2026春 第14日

 

2026年2月28日(土)第14日

授業は昨日で全て終わり。今日と明日はフリーの日としていたが、希望者がいれば、今日イタリアのサンレモ、明日はカンヌへの遠足をすることにしていた。
ただしサンレモには私はこれまで行ったことがないので、サンレモ現地でどう動くかのイメージがないので、現地でグダグダになる可能性があるのでそれでもよければということで。結局私を含め10名でサンレモに行くことになった。
ニースからサンレモに行くには、まずイタリア国境の町、ヴェンティミーリアまではフランス国鉄で、ヴェンティミーリアで一度下車し、そこからイタリア国鉄に乗り換えて、サンレモという行程になる。乗り換え時間を除くと約90分の道のりだ。
ところが昨夜から今夜にかけてイタリア国鉄のストライキがあり、列車がかなり間引き運転されていたようで、ヴェンティミーリア発の列車が出発したのは定刻より40分以上たってからだった。ヴェンティミーリア駅でのイタリア鉄道の切符購入も手間取った。フランス鉄道以上に煩雑な操作が必要で、ローカル線の切符を買うのに全員の氏名と連絡先を記入しなくてはならない。私の前のフランス人、イタリア人も戸惑って悪戦苦闘していたが、あのクソ仕様では仕方ないだろう。

サンレモでは毎週火曜と土曜に行われているという大規模な市が目的だったのだが、その市は午後1時には店じまいしてしまう。
サンレモに着いたのは正午前だったと思うが、町の中心部は駅からかなり離れた場所だった。駅に着くと長い地下道を10分ぐらい歩くとようやく外に出られる。モナコのように崖の斜面のなかにプラットホームが設置されているようだ。
サンレモには大量の降車客があった。それが駅から長い行列を作って町の中心部に向かっていく。町の中心部では、仮設ステージのようなものがいくつかあり、音楽祭かなんかをやってるらしくものすごい混雑ぶりだった。右も左も分からない状態だったので、まず観光案内所に行って町の観光地図をもらって、見どころを一つ二つ教えてもらおうかと思ったのだが、観光案内所がなかなか見つからない。幸いサンレモではモナコと違い、フランスの電話回線であるオレンジの回線を使用することができた。しかし観光案内所は見つからない。人に聞いて観光案内所は観光案内ポイントという街角のスタンド、キオスクみたいなところであることがわかった。スタッフは女性一人だけだ。もう時間は12時半を過ぎていて、マルシェに行くのは難しかった。とりあえず観光案内所のスタッフから地図をもらい、彼女が歴史的地区だ、観光的な地区だと言っていた高台まで登ることにした。



この高台に沿って旧市街が広がっていた。マントンよりも建物は密集していて、斜面はきつかった。旧市街が観光ポイントだというのに人はあまりいなかった。人は旧市街の麓にある町に集中している。汗だくになって、迷路のような路地を登り、町の高台の頂上の公園まで行ったが、その公園は工事中で入ることができなかった。すでに午後1時を過ぎていた。お腹が空いたが、町は大混雑で10人で入ることができるようなレストランは探せそうにない。Google Mapで見つけた近くにあったサンドイッチ屋でサンドイッチを買って、歩きながら食べた。上り坂を上り、ずっと歩き通しだったので、足が疲れてしんどかった。トイレにも行きたいが、サンレモにはニース以上に絶望的にトイレがない。10人で明確な目的地もなく人混みの中をゾロゾロ歩くのもなんなので、港まで行き、そこで一旦解散して1時間後の15時に落ち合うことにした。




私は港の付近をブラブラしただけ。城のような建物で無料の展覧会をやっていたので中に入り、そこでトイレを利用しようとしたのだが、その建物にもトイレはなかった。結局、無為に港付近でぼんやり座って学生たちを待っていたときに、サンレモに来なかった学生からギョッとするようなメッセージがLINEで届いた。中東のアブダビで爆弾テロがあり、そのためドバイ空港も閉鎖されていると言うのだ。われわれはエミレーツ航空なのでドバイ空港で乗り換えなくてはならない。エミレーツ航空からはメールでの連絡はなかったが、Webページを見ると、ドバイ空港は閉鎖され、再開は未定。予約している乗客は空港に行く前に、チケットを手配した代理店かあるいは直接購入した場合は、エミレーツ航空に連絡し、確認することとある。すぐに航空券手配を頼んだ代理店の担当者にメールを出すが、今日は土曜で、しかも日本は深夜だ。返事は明日になるかもしれない。下手すると月曜朝になるか。
とりあえず想定されるのは、最悪の場合、代替便で帰国となり、しかも当日の代替便がないときはニースで延泊。この場合、ホテルは航空会社が用意してくれるはずだ(と思ったのだが、あとで旅行代理店に確認したところ、戦争は航空会社事情ではないので、航空会社はこのような場合、宿泊先の提供はしないだろうとのことだった)。とりあえず学生たちにはその旨を伝え、心配しないように言った。
15時45分にサンレモ発ヴェンティミーリア行きの列車があるので、それに乗ってニースに戻ることにした。16時半発の列車がその後あり、その後は20時過ぎになる。サンレモまで来たもののろくに観光らしい観光はしていないが、早くニースに戻ったほうがいいように思った。15時20分ごろにサンレモ駅に到着すると、列車の発車時刻表を見ると、15時45分の列車はキャンセルとある。そして14時台に出るはずの列車が90分遅れでホームに到着しつつあることがわかった。今日はイタリアのストライキであることはGoogle Mapでも表示されていて、イタリア国鉄のページにも記述があったが、なまじ行きは40分以上遅れたとはいえ、サンレモに到着できたので、イタリアのストライキを甘くみていたのだ。16時30分発の列車もキャンセルになっていて、そのあとは17時55分とあった。これはキャンセルになっていないが、いつキャンセルになっても可笑しくない。サンレモ駅の入り口からホームまでは数百メートルの長い通路があって、動く歩道がある。そこを急いでいけば、90分遅れの列車にギリギリ乗れそうだった。「行くよ!」と動く歩道をしばらく進んだところで、後ろに男子学生がついてきていない。何をやっているんだと思ったら、トイレに行っていた。そのトイレを待って、私としては久々の全速力でホームに向かったのだが、列車は出たあとだった。
フランス国鉄の終着駅であるヴェンティミーリアまでたどり着けばなんとか戻るめどは立つ。サンレモからヴェンティミーリアまでは15キロほどの距離がある。このまま17時55分発の列車を待つか。しかしこの17時55分もキャンセルされる可能性がある。Uberかタクシーでヴェンティミーリアまで行くしかないと私は考えた。Uberで値段を調べると70ユーロくらいだった。ただ学生たちは誰一人Uberをインストールしていなかった。どうしたものかと考えていると、学生が16時35分にサンレモを出るバスがあるという。私のGoogle Mapではそんなバス路線は表示されない。どうしたことだと思ったら、ヴェンティミーリアではなくニース行きのバスがあったのだ。これは盲点だった。ただしバスには定員があるので、10人全員が乗れるかどうかがわからない。バス停はサンレモの鉄道駅から歩いて20分ぐらいのところにある。時間は16時になっていた。とりあえずバス停に向かう。バス停に向かって歩きながら、バス会社のサイトでバスの座席の予約を試みた。バス停に行ったところで定員オーバーだったら意味が無い。このサイトでの予約が案外手間取った。最初、Apple Payで決済しようとしたら、Apple Payとリンクしているクレジットカード会社が、支払いを承認しない。支払い承認のリクエストをして、再度予約を試みる。バス会社のサイトはイタリア語だったので、少々心もとなく、日本語表示で入力してみた。ここでも乗車するメンバー全員の姓名の入力を求められた。予約に必要な情報を入力し終わって、決済しようとすると、「満席」でチケットは購入できないという表示が出た。大ショックである。サイトがフランス語表記も可能であるのに気づき、今度はフランス語でやってみたところ、やはり「満席」。絶望的な気分になった。祈るような気持ちでイタリア語のサイトで入力してみると、なんということだ、10人分の予約が可能だった。折り返しpdfのチケットがメールで送付されてきてホッとする。
長距離バスのバス停付近は、人も車も大混雑だった。イタリアの人気スターがそのあたりの建物から出てくるのを待ち受けているのか、パパラッチたちもいた。バス停には私たち以外にもバスを待っている人がいた。バス停にいたフランス人っぽい女性に「ニースに行きますか?」と聞くと、「そう、行きは鉄道だったけど、帰りはあてにならないから」という返答だったので、ここでよかったのかと安心する。しかし16時35分に到着するはずのバスがなかなか来ない。到着したのは17時半ごろだったと思う。フランス人っぽい女性(実はバルセロナの人だった)がいたからこそ、不安を感じつつなかなか来ないバスを待つことができた。
スマホの電子チケットを見せてバスに乗り込もうとすると、チケットをチェックしていた男性スタッフが、「国境を超えるからパスポートを提示しろ」と言う。パスポートのことは昨夜、待ち合わせ場所と時間の告知のときに頭をよぎったのだが、言及するのを忘れていた。こちらでのわれわれの身分証明書なんだからあえて言わなくても持参するだろうというのも頭にあった。しかし3人の学生がパスポートを持ってきてなかったのだ。「身分証明書っぽいもの、学生証とか見せてみろ」と学生たちに言ったが、検札係の男性は、「これはパスポートじゃない。ダメだ。乗車させるわけにはいかない」と言う。どうしたものかと思ったが、「私の学生なんだ、日本から来たんだ」と懇願すると「うー、俺は知らない。フランスの国境でパスポートコントロールに釈明するがいい」みたいなことを言って、パスポートのない学生もバスに乗車できた。
まさかパスポートを持参していないままイタリアに来ていたかとは、思ったものの、正直、私は陸路でヨーロッパの国境を越えてパスポート・チェックを受けたことがなかったし、モナコでもパスポートのチェックはないので、EU加盟国で人の行き来が激しいフランスとイタリアの国境でパスポートチェックがあるとは思っていなかった。
バスはほぼ満席だった。本当にギリギリで乗車チケットを予約できたことになる。フランスとの国境で、国境警察官がバスに乗り込んで、本当にひとりひとりパスポートチェックを行った。私は後方の座席で、パスポートのない3人の学生は前方にいた。融通のきかない警察官だとバスから学生が降ろされてしまうかもしれない。私のパスポートチェックが終わった後、前方の乗客のパスポートをチェックした女性警察官に、「彼らは私の学生で、日本人です。ホテルにパスポートを置いたままにしていて」と言うと、「それはわかった。大丈夫だ」ということで学生たちがバスから降ろされることはなかった。私の隣に座っていた黒人男性は何の問題があったのかわからないが、バスから降ろされてしまった。国境は山のなかの人気のない場所だった。
90分ほどでニースに着く。ただし着いたのはバスターミナルのヴォーバンだ。ここから学生や私たちの滞在先が固まっているニース中心部まではトラムかSNCFの鉄道で行かなければならない。今夜はカーニバルがマセナ広場で行われるので、トラムはガリバルディ広場のところまでしか行かない。SNCFの鉄道の帰りの切符もあるので、鉄道で一駅先のニースヴィル駅に向かうことにした。しかしSNCFも90分の遅れがあるという表示があり、なかなか来なかった。混み合った列車に乗って、ニースヴィル駅についたのは20時前だっただろうか。

私のニース滞在およびチュニス滞在とほぼ同じ日程で、娘は彼氏とトルコ→ブルガリア→ジョージア→アルメニアと大移動の旅行をしている。現在、娘はアルメニアの首都エレバンに滞在中だ。その娘からメッセージが入る。娘と彼は、東京-イスタンブール便のチケットを取っていて、帰国便は私のチュニス出発と同じ3月9日、イスタンブール発だった。しかし米イスラエルのイラン侵攻の影響で、帰国便がどうなるか読めなくなったとのこと。アルメニアからトルコへは入国できないらしく、イスタンブールに戻る前に、ルーマニアのブカレストに飛び、そこからイスタンブールに戻り、帰国する予定だったそうだ。しかし中東の空港の閉鎖で、ドバイなどの空港に着陸できなかった飛行機が続々とイスタンブールに集結して、そのとばっちりでブカレストからイスタンブールの便がキャンセルされる確率が高いらしい。今のところ、イスタンブールに戻る算段がないのだ。また仮にイスタンブールにたどり着けたとしても、イスタンブール発の日本便が確保できるかどうか現状では不明だそうだ。滞在先に私が戻った後、娘と電話で話をした。私の3月2日から9日のチュニス行きもどうなるかわからない。息子は3月3日にチュニスで合流し、そのあとマヨルカ島に一人で行く予定だったが、彼が予約していたのはカタール航空なので、この旅行はほぼ確実にお流れになるだろう。
夕食後、日本で心配しているに違いない学生の親あてのメッセージを作成した。また航空券の手配をしている代理店の担当者ともLINEで話す。学生の一人から、大家の仕事の都合で、月曜の空港送迎の迎えの時間まで家にいられず、10時に学校に行くように言われたという連絡が入る。学校の担当者とは了解済みと言うが私にはこの連絡は入っていないし、向こうの一方的な都合でスーツケースごと、迎えが来る前に追い出されるというのはひどい話だ。また航空機がキャンセルされる可能性が高い事態でAzurlinguaがどれくらいの対応をしてくれるだろうかと考えた。正直、こういうトラブル対応で学校の連中を全面的に信頼できない。Azurlingua側がこの事態に対し柔軟な対応をとらない場合をシミュレーションする。
今日の夜はニースの海岸で、巨大なカーニバルの王と女王を燃やすセレモニーと花火がある。夕食後元気があれば見に行こうかと思ったが、状況が状況だけに見に行く気になれなかった。明日の日曜は、カンヌに遠足の予定だったがそれは中止した。エミレーツがもし明日の昼に航空便のキャンセルを通告した場合、空港のエミレーツのカウンターに直接赴いて、代替便の調整を要求する必要があるからだ。