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午前6時45分起床。体調を崩した学生を朝一番で診療所に連れて行くか、アンティーブへの遠足を早めに切り上げニースに戻ってから診療所に連れて行くのか、迷う。朝、診療所に行った場合、診療所Doc Med 7/7が混んでいたりすると、予定通りアンティーブに遠足に行けなくなるかもしれない。午前10時半にアンティーブのピカソ美術館に団体予約していて、このピカソ美術館のスタッフが昨年、けっこう手続き面でうるさかったのだ。だから時間に遅れたり、キャンセルとかになるとまた一手間かかるかもしれない。私が病気学生についてニースにとどまり、他の学生は私なしにアンティーブに行かせるというのはちょっと無理そうだ。
かといって体調の悪い学生を夕方まで自宅待機させるというのも不安だ。万一、その間に体調が悪化したら後悔することになる、とか考えてしまう。
毎日休みなしで開いているクリニック、Doc Med 7/7の開業時間は、ウェブページを見ると午前8時だった。アンティーブ行きのためのニース駅の集合時刻は9時10分に設定していた。結局、病気学生のことを気にしつつアンティーブに私が行くよりも、たとえピカソ美術館の予約時間や予約していた昼食のレストランに遅れることになっても、朝のうちに学生に診察を受けさせることを優先すべきだと考えた。
電話すると、体調不良の学生は昨夜下痢が二回あったとのこと。ウィルス性胃腸炎の可能性もあるなと考えた。ただ熱はなく、しんどさはないとのことだった。彼は昨日、マントンの遠足のあと、夕方から夜にかけて海岸での「夕陽を見る会」にも参加している。昨日夕方のうちに、検査結果を解読して、医者に連れていけばよかったと後悔する。彼には診察時間の10分前に、Doc Med 7/7の前に来るように言った。
私は7時45分ごろにDoc Med 7/7に到着。私および彼の滞在先から歩いて5分のところにこういう医療機関があるのはありがたい。私たちの前には小さな子供連れの母親がいた。私たちは二番目だ。8時ちょうどに診療所に入り、8時30分に診察を受けた。最初は前回の診察とは違う医師だったが、運良く、前回診察をしてくれた医師が出勤して、途中から彼と交替になった。ラボの血液検査の結果や、昨日以降の経過を確認した医師の結論は、急性胃腸炎とのことだった。Geminiが脅かしていた炎症を示すCRPの数値は特に重大なものではないとのこと。とりあえずホッとした。ビタミン剤と下痢止めを処方された。
診察が終わった後、トラムのニース駅のすぐ側にある24時間365日営業の薬局に行き、薬を購入。そのあと、学生の滞在先に戻った。滞在先にはマダムがいた。状況を説明すると、こうしたことには慣れているので心配するな、とのこと。そのあと「学校には連絡、相談しないのか?」と聞く。この手の対応で、学校のスタッフがなんか有効な手助けをしてくれることはほぼ期待できない。過去の経験からして、期待したところで無駄。「報告したところでどういう意味があるんだ?」と言うと、マダムは「こちらは学校との契約で子供を預かっているので学校に病気の学生が出たことは伝えなくてはならない」と言うので、「あなたが伝えたければ伝えればいい」と言った。
こういう責任を問われかねないような状況での、フランス人のドライな対応、ある種の強固な自己防衛反応は、私は慣れっこだ。またこういうことがあるので、根っこの部分で、フランス人は信用できないと思っている。トラブルが起こって、ヤバそうだと、逃げる。もちろん日本人でもそういう人はあまたいるが、フランス人は日本人以上に露骨にそうで、個人的関係のみならず、職業的関係においても、私からみると責任回避の「投げ出し」に近いことをやる場合が多い。
学生は一見、回復したようには見えるが、少なくとも今日は、アンティーブ遠足と夕方からのオペラは諦めて、家で休むように伝えた。
予定の集合時刻9時10分より、20分ほど遅れて集合場所のニース駅に着いた。ピカソ美術館の入場予約には間に合った。美術館開場すぐだったらしく、館内に鑑賞者は少なく、ゆったりと作品を見ることができた。また団体予約で昨年はえらく理不尽で面倒なことを要求されて辟易したのだが、今回の受付の人は、予約したことを伝えるとあっさり学生を入場させてくれて、拍子抜けした。こういうのは、フランスでは本当に人次第だ。美術館の滞在時間を1時間取った。そのあと、美術館の近くにあるアンティーブのマルシェに学生たちを案内する。アンティーブのマルシェはその規模と活気で名高い。12時から2時間の自由時間として、私は3人の女子学生と昨日予約した海岸沿いのレバノン料理屋で昼食を取った。
レバノン料理はニースで2回食べたことがある。野菜が多い、ヘルシーでかつ日本人の口に合う美味しい料理だった。ニースのレバノン料理屋は大衆的で値段もひとりあたり20ユーロから30ユーロのあいだだったと思うのだが、アンティーブのこの店はちょっとシックで、一人あたり飲み物込みで40ユーロを超えた。高い。日本円に換算すると、なんて贅沢なランチだと思ってしまう。ただ料理は非常に美味しかったし、店の雰囲気もよかった。
レバノン料理については、料理名をほぼ知らないので、ウェイターに「いかにもレバノン料理っていう定番もの、おすすめを一通り食べたい」とリクエストしたら、ベジタリアンメニューである前菜の盛り合わせ二人前、肉串焼きを二人前頼むといい、とアドバイスされ、実際、このアドバイスは的確だった。フランス料理では、料理を多人数で分け合って食べたりはしないが、レバノン料理は前菜とメインがどかっと一度にテーブルに並び、それを取り分けて食べるスタイルだ。前菜の野菜料理はいったい何皿ぐらいあっただろう?壮観だった。私は普段野菜は好んで食べないのだが、茄子やトマトやひよこ豆などさまざまな野菜を使ったレバノン料理の前菜はどれも美味しかった。野菜不足になりがちなフランスで、これだけ多くの野菜を食べられるのはありがたい。串焼きの肉は、羊ミンチ、鶏肉、牛肉の三種だったが、いずれもしっかり味がついて、肉の旨みもある。値段は高いなとは思ったけれど、食事の内容としては大満足できた。
昼食を取ると90分ぐらいたってしまっていた。海岸沿いの道を集合場所まで歩く。再集合したあとは、海辺の堤防の先に設置された、スペインの現代彫刻家、ジャウメ・プレンサによるモニュメント《放浪者》を見に行った。プレンサはニースのマセナ広場のモニュメント《五大陸》の作者でもある。《放浪者》は、白いアルファベット文字で組み合わされた高さ6メートルほどの像で、膝を抱えて海の彼方を眺めている。中は空洞になっていた。
プレンサの《放浪者》に行ったのが、午後3時過ぎ。夜は18時からニース・オペラ座でクラシックのコンサートに行くことになっていた。それにはまだ間がある。
プレンサの像がある場所から港をはさんだ向こう側に、17世紀フランスの天才築城家、ヴォーバンが設計した《四角い要塞》が見える。アンティーブにはニース語学研修旅行のたびに来ているのだが、あの要塞のところまで行ったことはなかった。すぐそばにあるように見えるのだが、Googleマップでは徒歩40分とあった。時間的に微妙だが、この機会に要塞まで行ってみることにした。
しかしこれがなかなかきつくて、長い道のりだった。天気は快晴で、海と空のブルーは美しく、奥にあるアルプス山脈の白さと対比をなしている。絶景であったが、暑かったし、40分というのは思っていた以上に長距離で、要塞の入り口に着いた時にはヘトヘトになった。そして要塞に入ろうとしたら、受付で「今要塞内は定員で一杯なので、18人の団体が入場することは不可能だ」と言う。中に入る人数が決まっているらしいのだ。なんで?と思う。要塞って広そうなのに。「日本からわざわざ来たので、なんとかして欲しい」と粘ったが、結局ダメだった。アンティーブの駅までまた40分かけて戻る。
ニースに着くと、5時15分前くらいで、オペラ座でのコンサート開始まで余裕がない。5時半にオペラ座前に集合とした。ジェラートが食べたいという女子学生がいた。私ものどが渇いたし、ジェラートを食べたかった。トラムに乗って、旧市街に行き、ジェラートを食べながら、オペラ座まで行こうとしたのだが、カーニバルの夜のパレードのため、旧市街の入り口までトラムが行かない。マセナ広場の前で降ろされてしまった。このため、結局、ジェラートを買って、食べる時間はなくなってしまった。
オペラ座のコンサートのプログラムは、ハチャトリアンの《ヴァイオリン協奏曲ニ短調》とショスタコーヴィチの《交響曲第5番ニ短調》。学生たちは最上階の天井桟敷の席。見下ろすような高い場所だが、舞台はよく見えたと思う。私はけっこういい席を買ったつもりが、舞台から見て左側のボックス席の後列で、舞台の上手1/3は見えなかった。オペラでなく、コンサートだったので、舞台全体が見えなくても、問題はないが。
ハチャトリアンのヴァイオリン協奏曲は、とらえどころがないし、ソリストの演奏も音量が小さくてパンチが弱いような気がして、ちょっとうつらうつらしてしまった。休憩後のショスタコーヴィチの交響曲は私は好物の部類で、とりわけ最終楽章のダイナミックな盛り上がりには気分が高揚した。
コンサート終了後、オペラ座前で集合写真を撮ったあと、解散。私は昼はかなりしっかり食べたので、夜はコンサート終了後、さらっとケバブでも食べて帰るつもりだったが、昼がサンドイッチだけと軽かった学生が多かったみたいだ。昨日、家の場所を確認したカーボベルデ人家庭の学生もお腹が空いたと言っている。彼らは家では四旬節メニューでちょっと可哀想である。帰り道に、私が毎年行っているクスクス屋がある。昼にあんなに食べたにもかかわらず、あのクスクスなら食べられそうな気がして、その四旬節学生に「クスクスを食べに行かないか?」と声をかけると「行く!」という。さらに病気で自宅待機の学生と同室の学生も同方向だったので、クスクスに誘い、男5人でクスクス屋に行った。幸い空いていた。
Le Bédouin chez Michelという店だ。ここにはニースに来るたびに来ている。フロアを取り仕切るおじさんが冗談好きで面白い。彼がMichelかと思えば、Michelは店のオーナーの名前で、おじさんの名前は別だった。何と言う名前か忘れてしまったが。この7〜8年、私は毎年、学生を連れてきているので、おじさんはさすがに私のことは覚えていた。相変わらず、冗談ばっかりだ。客あしらいがうまい。
そしてこの店のクスクスも絶品だ。ボリュームたっぷりで、ダイナミック。まさにこれぞクスクスと私が思うクスクスを出してくれる。というかこの店のクスクスが私のクスクスの基準になっているのかもしれない。スムール(クスクスの粒)とスープはお代わり自由だ。野菜がたっぷり入ったスープが、クスクスと絶妙に合っている。そして副菜となっている羊肉、鶏肉、ミートボール、メルゲーズ(羊肉のピリ辛ソーセージ)もシンプルな調理ながら美味しい。値段も25ユーロ前後で、フランスの外食としては安い部類だ。
一年ぶりのLe Bédouinのクスクスはやはり美味しかった。学生たちも満足したようだった。おじさんもその様子をみて大満足の様子だった。
ニース研修2026春第6日
2026年2月20日(金)第6日
2026年2月20日金曜日
ニース研修2026春第5日
2026年2月19日(木)第5日
今日は夜にニース近郊の海岸沿いにあるTable de Kamiyaで夕食を取る以外は予定のない日だった。
今週は3クラスが開講されているのだが、私が連れてきた学生は一人を除き、下のレベルの2クラスに振り分けられている。下のクラスにいる学生が一つ上のクラスに移動したいというので、担当のニコラと相談する。一番上、A2+レベルのクラスに一人学生を送っているが、その学生は難しすぎるので来週は下のクラスに移動したいと言う。
今週はなまじ全体の受講者数が少なく、しかもそのマジョリティは我々日本人学生、そして日本人学生のあいだでもかなりフランス語力にはばらつきがあるので、しっくりいかないところがある。それぞれの個人のフランス語力にぴったりと適合する授業はあり得ないので、どこかで妥協点を学生も探らなくてはならないが、その加減を見極めるのは難しいだろう。3クラスだけということで、授業開始後のクラス移動は比較的フレキシブルに行われているが、ニコラ曰く、移動先の先生への気づかいなどもあってデリケートなところもあるらしい。教室の収容人数やクラスの受講者数のバランスもある。
今週は本来の教務主任のアントニオが休暇を取っているので、副主任にあたるニコラが自分も授業を担当するかたわら、こうした調整役もやっている。Azurlinguaの授業は一週間で一ユニット完結で、一週間ごとに学生は入れ替わる。今週で終わりもいれば、来週も引き続きという学生もいる。来週になると新たな受講生が入ってきて、クラスも再編されるだろう。
学生のクラス変更に立ち会ったあと、家に戻る。家で11月から始めている韓国語の勉強をしようと思っていたのだが、「よしこれから韓国語をやるぞ」とやる気になったところで、学校で授業を受けている学生から電話が入った。男子学生一人がめまいで倒れたとのこと。すぐに学校に向かう。滞在先から学校までが5分ほどというのはありがたい。
めまいで倒れた学生は、ひとり、空き教室で休んでいた。昨夜から吐き気と寒気があったという。嘔吐は昨夜一回した。授業で教室の外での活動となったときに、めまいがして立てなくなったということだった。ニースに来る一週間前に、家族でハワイ旅行に行き、その帰りの飛行機でも同じようなことがあり、二回目ということで不安も大きいようだった。
2023年に学校の近くに一週間毎日、昼休みなしのノンストップで開業しているDoc Med 7/7という医療機関ができていたことを、昨年の研修で知っていたので、そこに連れて行くことにする。通常はフランスで病院に連れて行く場合は、予約が必要だが、ここは予約が必要ないと聞いていた。これまでは土日以外、昼間の時間帯は、学校から20分ほど歩いたところにある女性の個人開業医に連れて行っていた。そして土日に学生が調子が悪くなった場合は、トラムの終点にある大学病院、パストゥール病院の救急外来に行くしかなかった。2023年夏に、連れて行った学生の一人が発熱したときは、パストゥール病院に連れて行った。検査したら彼は新型コロナに感染していたのだったが。
Doc Med 7/7に学生を連れて行くのはこれが初めてだが、学校のすぐ側で、予約なしというのはありがたい。フランスの個人開業院は、集合住宅の一室で、看板もなく、外からはクリニックだとはわからないところが多いのだが、Doc Med 7/7は複数の医師がいて、外側からもクリニックというのがわかるようになっていた。入ると子供連れなど10名ぐらいの患者が待合室にいた。入ると、まず大型タッチパネルで受診登録をしなくてはならない。これはフランス語ができないとかなりハードルが高いはずだ。受診登録が終わるとチケットが出てきて、その番号で呼び出される。1時間半ほど待つことになった。
私の学生を診断したのは30代くらいの若い医師だった。私はフランスでは入院経験があり、複数の病院で診察を受けたことがある。またニースの研修ではこれまで体調を崩した学生を何人も病院まで付き添って行ったことがある。フランスの医療については、フランス在住者がその医療システムや医者の能力について否定的に語るのをネットで見たり、あるいは聞いたりしたことはあるが、私の経験の範囲では、フランスの医師はおおむね親切で感じのいい人が多く、問診も日本の医師より丁寧に行う。
ただいわゆるクリニックでは、問診が中心で、あとは血圧や体温を測るぐらいのことしかしない。採血などの検査が必要と判断した場合は、医師が「検査リクエスト票」を作成し、それを持って、1キロ四方に一つぐらいの割合である医療ラボ(検査場)に患者が赴き、そこで検査を受け、その検査結果を持ってまた医師の診察を受けるというプロセスになる。その検査結果を見て問題があると医師が判断すれば、その医師は専門医への紹介状を書くというシステムだ。病院と検査場の行き来が必要だが、一般医、検査場、専門医の分業が明確で、合理的なシステムだと思う。
聞いた話で、実際に私が医療を受けたわけではないが、病院はあるものの、実際に受診するまでのハードルが高いカナダや英米の医療に比べると、すぐに診察を受けることができるフランスのシステムは優れているように思うし、あくまで私が経験した範囲ではあるが、医師の専門性、誠意、応対も日本の平均的な医師よりも優れているように思う。
Doc Med 7/7の医師もこの私の認識を裏切らなかった。こちらの症状説明を丁寧に聞き、問診を行った結果、疲労と緊張が原因ではないか、喉が少し赤くなっているが、特に重大だとは思われない。一応Laboへの検査依頼書を出すので採血をして欲しいということだった。薬は吐き気止めと解熱剤を処方された。解熱剤はアセトアミノフェン(パラセタモール)で、日本ではカロナールという商品名で売られているものだ。しかしフランスでは効き目がはっきりしない薬は好まれないので、成分は日本の製品の2倍か3倍詰め込まれている。実によく効く。とりあえず対処療法で、吐き気がしんどければ吐き気止めを、熱がしんどければ、パラセタモールを飲んで、安静にしておけ。来週には回復するだろうという話だった。
診察料は70ユーロ。日本円の今のレートで13000円くらいか。日本だと保険で3割負担なので4000円弱となる。円安もあるが、医療費自体はそんなに変わらないかもしれない。ただ解熱剤のようなごく一般的な薬品代は、5日分で7ユーロ(1300円くらい)だったので、日本より安いと思う。
病気の学生の滞在先も数百メートルのところだった。明日朝のラボには付き添うことにする。その学生は夜にTable de Kamiyaのディナーに参加予定だったが、この体調不良のため、キャンセルとなった。まあしかたない。
昼飯は駅の近くでフォーを食べた。お腹は空いていたが、夜はKamiyaでの食事なので、軽めにすませたかったのだ。軽めの食事で美味しかったけど、フォーで2500円ぐらいする。円換算しては何も食べられない。家に帰って韓国語の勉強を始めようと思ったが、眠たくなって2時間ほど寝てしまった。
Table de Kamiyaへの食事は7人の学生と一緒に行った。集合はニース駅に18時としたが、Kamiyaの最寄り駅であるCros de Cagnesに停車する列車は18時30分過ぎのものだった。Kamiyaには予約していた19時ちょっと前に到着する。19時オープンなので私たちが最初の客だった。
Kamiyaには昨年はじめて行った。通常、私はフランスにいるときは、とりわけ高価なフランス料理をレストランで食べるということはしないし、若い学生が高い飯を食べるのをあまり気分のいいものだとは思っていないのだけど、昨年はフランスでどうしてもフランス料理を食べたいという強いリクエストがあり、どうせ食べるのならちゃんとしたごちそう感があるフランス料理、ここでしか食べられないようなフランス料理がいいと思い、それ以前からインスタなどを見ていて、そのメッセージや料理に共感を抱いていた神谷さんのレストランに行くことにしたのだった。このTable de Kamiyaの体験は、昨年の日記に書いている。
https://kanjintecho.blogspot.com/2025/02/2025-022511.html
このTable de Kamiya体験があまりにも印象的だったので、昨年は、次の年ニースに来たときも必ず神谷さんの店に行こうと思っていたのだ。本当は学生全員を連れて行きたい気持ちはあるのだけど、高級フレンチではないとはいえ、値段はそこそこするし(定食が45ユーロ)、また20人近い団体であの店を占拠するような野蛮なことはやりたくなかった。もっともフランスではまともなレストランでは、大人数団体では食事は食べられない。食事をサーブするタイミングが難しかったり、また他の客への配慮もある。なので今回は私を入れて8名で行くことにした。
神谷さんの料理は、フランス料理をベースとしつつ、地元の食材を使い、アクセントとして和風の材料なども使っている。複雑で洗練されているけど、いわゆるフランス料理のような重さがない。フランス人には、少々軽すぎてものたりないという感じを持つ人もいるようだ。それでも競争の激しい南仏のリゾート地で、日本人ながらフランス料理店で勝負し、地元の人に高く支持されるレストランとなっている。
シェフの神谷さんが何度かテーブルまで来てくれた。最後には神谷さんを交えて集合写真も。今年もこの店に来られて本当によかったと思う。料理が美味しいだけでなく、料理に励まされるというか。
食事中はなにか話をしなくてはならない。一人一つずつなんか面白い話題を提供することとしていたが、私の話は学生たちには不興だったようだ。なかなか難しい。9時半ごろに店を出る。できるだけさっさと食べて9時前に店を出ようと思っていたのだが、なんのかんので時間は過ぎる。ニースに着いたのは午後10時半ごろだった。
