2023年2月21日(火)モンレアル 第4日
今日は少し寝坊して午前8時前まで寝ていた。気温がマイナス15度の寒い日だった。
娘は鼻水がひどく、喉が痛いという。私も鼻水がちょっとつらい。アレグラを飲んでいるけれどあまり効かない。喉の痛みに特化しているというトラネキサム酸が入った薬を買ってきて欲しいというリクエストがあったので、近所の薬局の開店時間に合わせて家を出て買いに行った。しかし薬局の一般的な売薬の棚にはこの成分を含む薬が見当たらない。薬局のスタフに尋ねると医者で処方箋を貰わなければ買うことができないと言われた。結局のど飴みたいなものと、日本から持ってきたアレグラがなくなりそうなので、アレグラを買った。ちなみにアレグラは36錠で16ドルだった。
いったん家に戻り、すぐにMichel Vaïsさんのところに向かう。待ち合わせは地下鉄四号線の数着駅Longueuilを出たところだった。11時半の約束だったが5分ほど遅れて到着。Michelさんは、改札を出たところで私を待ってくれていた。Michelさんの奥さん、Françoiseさんが運転する車でMichelさんの家に向かう。Longueuilの近くかと思っていたのだが、そうではなくてそこから車で高速で30分ほど走ったところにあるVerchères ヴェルシェールという人口5000人ほどの集落だった。MichelさんもFrançoiseさんもゆっくりとしたわかりやすいフランス語で話してくれる。これまでのメールのやりとりの印象、そのままの感じの人だった。
ヴェルシェールに向かう前に、Longueuilの近くにある大型スーパーの前で、車の売買をめぐる事務手続きがあるとのことで、停車した。Françoiseさんだけが車を出て、なにかの手続きをしに行った。その間、車内でMichelさんが自分の車を手放さなくてはならなくなった事情、運転免許を返上することになった理由について聞いた。2年ほど前から「ブレインフォグ」になり、検査した結果、脳が部分的に機能しなくなっているらしい、それで頭がいつもぼんやりした感じになっているのだが、とりわけ短期記憶障害があってついさきほど言ったことやしたことを忘れてしまうようになった、と言うのだ。話している感じではそういった雰囲気はまったくないので驚いた。短期記憶の喪失を補うために、メールなどにはすぐに返事を出す、頻繁に連絡を取る、ということをしているらしい。かつては毎晩モントリオールに演劇を見に行っていたが、今は週に一度、あるいは半月に一度くらいのペースとのこと。FrançoiseさんがMichelさんを劇場に連れて行く。あるいは彼女も一緒に見ることが多いのか。
ヴェルシェールのMichelさんの家に行く前に、この集落の観光ポイントであるマドレーヌ・ド・ヴェルシェールの像に立ち寄った。サン=ロラン川のほとりにこの像はある。14歳だったマドレーヌは、ただ一人でヴェルシェールの砦に立てこもり、先住民族の襲来を退けたという歴史的事実があるそうだ。このマドレーヌ・ド・ヴェルシェール像の前に拡がる川の表面が氷に覆われたサン=ロラン川の風景は素晴らしいものだった。
MichelさんとFrançoiseさんの自宅はそこから車で3分ほどのところにある。サン=ロラン川に面した二階建ての家だった。まだ新しい。以前はモントリオール市内に住んでいたのだが、数年前にモントリオールの家を売り払い、ここに引っ越してきたそうだ。大邸宅ではないが、立派な家だった。Michelさんは演劇評論家だが、大学でも教鞭をとっていたのだろうか?Françoiseさんは語り部の仕事をしつつ、同時に言語音声矯正師の仕事をしている。いずれにせよそんなに大きな収入が得られるような仕事だとは思えないのだが。Michelさんにまず家の中を案内してもらう。一階と半地下階からなっていて、平面面積は200平米ぐらいはありそうだった。Michelさんは1960年代、つまり静かな革命の時代には、俳優として活動していたことを知る。そして「静かな革命」において、演劇がどのような役割を果たしたのか、どのような演劇があったのかについて、自分がまったく知らないことに気づき、恥ずかしく思った。俳優をやっていたMichelさんはその後、演劇学を専攻し、研究者・評論家の道を歩む。著作も何冊もある人だ。彼が編さんしたケベック演劇事典と彼の著作を頂いた。
Françoiseが昼食を用意してくれた。ケベックの伝統料理であるエンドウ豆のスープとポルトガル料理だという鶏肉の煮込み。Françoiseはケベック出身だが、Michelはチュニジア生まれで12歳のときに家族でモントリオールに移住してきたことを知った。Michelは日本にこれまで二回来たことがある。Michelの日本滞在はいずれもAICTがらみだ。Françoiseは一度、ソウルであったAICTのコングレにMichelと一緒に行った後、日本に立ち寄り、京都にも行ったとのこと。聞けばAICTは半年に一度、世界の色々な場所で会議をやっているらしい。一体何を話しているのだろうか。Françoiseの仕事の都合で、彼女は日本に行くかどうかちょっと迷っていたみたいだが、私と万里子が迎えるのだから、是非来て欲しいと言った。
Françoiseは語り部として活動していて、5月末にはconteurs / conteusesの演劇祭Festival Flots de paroles contesをVerchèreの町でやっている。今年で四回目の開催になるという。日本人の母とベルギー人の父のもとに生まれたベルギーのConteurにも関心を持った。
Conteurs / conteusesの話、演劇の話など。食事のあとは、私がリコーダーでイタリアのグラウンドを演奏した。
車で15分ほどのところにあるメープル・シロップの森林の小屋を案内してもらい、戻ってきてから今度は文化的盗用 appropriation curturellleの話で盛り上がっているところでモントリールに戻る時間になってしまう。
帰りも車でLongueuil駅まで送って貰った。帰りの道は猛吹雪のなかのドライブとなった。しかし二人とも、本当にいい人だ。ケベックでこんなに歓待されてしまうと、ケベックが好きにならざるを得ない。
二人と別れたあとは地下鉄を乗り継いで、 Mykalle Bielinskiの「WARM UP」を見に行った。これはCEADのSaraが薦めていた公演の一つ。19時開演だと思っていたのだが、これは私の勘違いで19時半開演だった。会場は広大なCÉGEP、普通・職業教育コレージュ校舎のわかりにくい場所にあり、たどり着くのに難儀した。学校なのだけれど、文化的複合施設でもあるようだ。劇場の収容人数は300人くらいか。階段状の座席。客は50人ほどだったと思う。予約システムに2ドル支払う必要があるが、実質無料公演である。
舞台の高さと奥行きはたっぷりとってある。10メートルくらいはあるだろうか。女性の一人による作品だった。演劇というよりは、インスタレーションアートを演劇的枠組みのなかで提示したという感じの作品だった。テーマはエコロジー、エネルギーの消費である。可愛いらしい太っちょの主催女性から客席とのインタラクティブなやりとりを交えた上演前注意が行われる。作品のコンセプトについてもちらりと触れられていた。この前説はとても親密でユーモラスな雰囲気のなかで行われ、客席にいた学生たちも喜んで反応していた。
上は黒のタンクトップ、下は黒のタイツの女性が自転車をこぐ。自転車は発電機と連動していて、漕ぐことで電力が発生するようになっているらしい。発電機はパソコンやアンプ、スピーカと接続されていた。10分ぐらいはひたすら漕いでいるだけ。途中、ケベックの電力消費や世界の電力消費、この発電装置で得られる電力などを伝えるアナウンスがスピーカーから流れる。またレクイエム、キリエといった聖歌が歌われる。音楽はすべてオリジナルだったがいい曲だった。エコロジー的なメッセージはありきたりで陳腐なもので、私の心には届かない。しかし素っ気なく、道具の配置やそれらを繋ぐ線のセッティングを行うなど、その無駄のない実用的な動きで構成された各シーケンスはなぜか目で追ってしまう。不思議と眠気が襲ってこない。中盤から今度は、一度組み立てた自転車を発電源とする連関および自転車本体も解体され、非実用的なオブジェが再構築される。スピーカのなかから、あるいはパフォーマーの肉声で伝えられるメッセージは、詩的、哲学的な文章となり、そしてそれらは最後には抽象名詞の列挙に変わっていく。
エコロジーの思想、メッセージ自体は陳腐なのだが、自家発電のシステムの構築、そしてその解体、再構成を、魅力的な音楽と言葉とともに行うプロセスに、引き込まれた。シンプルであるが、誠実なメッセージであるように感じられた。物語性はない、メッセージは陳腐、しかし造形芸術としての象徴性がすぐている。やはり演劇的な枠組みで時間軸のなかで変容のプロセスが提示されたインスタレーションというべき作品か。
終演後、演者と観客のあいだの質疑応答もリラックスした雰囲気で行われた。私は音楽がオリジナルなのかどうかを質問した。終演時間は21時過ぎ。帰宅したのは22時過ぎだった。
娘は鼻水に苦しんでいる。私は夕食を食べる時間が取れなくてお腹が空いていた。チップスとクリームチーズ、サラダ、そしてブリオッシュを食べる。結果的にけっこうな量を食べてしまった。しかしケベックに来てからまともな食べ物を食べていないような気がする。
WARM UP - - Mykalle Bielinski / Le SanctuairePrésenté dans le cadre du CAM en tournée
19 h 30 : Spectacle
20 h 45 : Rencontre avec l'artiste
Dans une expérience d'autosuffisance énergétique, Mykalle doit faire face à sa surconsommation en produisant son électricité. Performance sportive et concert, Warm up explore le chant sacré, le geste rituel et les décroissances nécessaires pour reconstruire le lien à la nature.
Théâtre | Grand public | 75 minutes
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