2026/02/17(火)第3日
午前7時15分に起床。普段の生活は午前2時、3時まで夜更かしすることが多く、朝の授業があるときは睡眠時間が5時間ほどという不規則な生活だが、ニース語学研修旅行中は夜眠って、朝に起きる真人間の生活リズムになる。大家のARHAN夫妻は二人とも退職しているが、夜更かしで朝は遅い。朝食は前夜のうちにMurielさんがパンや食器を用意してくれていて、私はコーヒーをマシンで作る。冷蔵庫からジャムなどを取り出して勝手に食べるスタイルだ。これは気楽でいい。
日本からAzurlinguaのスタッフへのお土産として、キットカットの抹茶味を持ってきていた。昨日は鍵騒動で渡せなかったが、今日ようやく手渡すことができた。ニース研修のお土産はいつもこれだ。キットカットならフランスでも売っているので向こうも安心して食べられるし、抹茶味は日本らしく、かつフランスではそんなに流通していない。ここに来るたびに配っているので、「ミキオといえばキットカット抹茶味」というのは定着しているだろう。こうした重くない儀礼的なお土産は、フランス人は案外素直に喜んでくれて、コミュニケーションの潤滑油としてはかなり有効だ。
明日の午後はニースのカーニバルの花合戦を見に行くので、午前中に学生たちの分も含めチケットを購入した。立ち見席は一人14€、日本円で2500円くらいだ。円安の影響が重い。
ニース在住の友人に頼まれて、日本で中古の袴を何着か買って持ってきていた。ずいぶんかさばったし、重量もかなりのものだったので、正直、かなり面倒な依頼だった。彼女は数年前からスタイリストとしての活動を始め、その仕事で日本の着物や袴をコーディネートの材料として使っている。次の仕事でどうしても必要だということだった。彼女とは、私がフランス語教授法の研修でAzurlinguaに初めて来た2014年の夏に出会った。
この研修は日本フランス語教育学会を通して参加者募集があり、一名に現地滞在費と研修費用が出るというものだった。2014年は、私が応援している静岡県立舞台芸術センター(SPAC)がアヴィニョン演劇祭に初めて招聘された年で、公演は7月。私はどうしてもそれを見に行きたかった。しかし低賃金の非常勤講師生活では、芝居のためだけにフランスへ行く贅沢は考えられなかった。そんな時にこの研修の募集があった。「仕事」という名目があれば、無理をしてでも行く口実になる。そう考えて応募した結果、ニースに来られることになったのだ。当時の自分は、フランス語を教えて生計を立ててはいるものの、意識は「演劇・フランス文学研究者」の方がはるかに高かった。そのため、ニースでの研修はアヴィニョンへ行くための「おまけ」程度に考えていたのだが、いざ参加してみると、二十数カ国から集まった教員たちとの交流は予想外に刺激的で面白いものだった。日本人は私一人だけだった。
前置きが長くなったが、袴を届けた彼女とは、この研修後の延泊中に出会った。ニースの下町のレストランで隣のテーブルだった彼女夫妻が、料理の写真を撮っていた私に話しかけてきたのだ。話がはずみ、テーブルをくっつけて夕食を共にした。その2ヶ月後、彼女が友人二人と東京へやってきた。その予定があったからこそ、あの時私に話しかけてきたのかもしれない。東京で彼女たちを案内して遊んでいるうちに、私はまたニースに行きたくなった。そこから自力で関係各所と連絡を取り、自分のクラスの学生に声をかけ、翌年の2月に初めての研修旅行を実施した。以来、今回の10回目まで続いている。彼女との偶然の出会いがなければ、このプロジェクトは計画すらされなかっただろう。
彼女は現在、スタイリスト活動の傍ら、ニース旧市街の眼鏡屋で働いている。初めて会った時もカンヌの眼鏡店の店員だったので、別の店で元の職業に復帰したことになる。チケット売り場が旧市街のすぐ側だったので、購入後、裁判所広場にある彼女の職場に寄り、袴を渡した。
彼女と別れた後、昼食。昨夜の七面鳥は美味しかったが、少し胃もたれしていたのでアジア風のあっさりしたものを求めてGoogleマップで検索し、ヴェトナム料理屋へ向かった。新しくシックな店で、注文は大型タッチパネル。人気店らしく満席だったが、10分ほどで入店できた。化学調味料は入っているだろうが、あっさり味のフォーは優しく、穏やかに美味しかった。テキパキと働くスタッフの様子にも心が和んだ。
午後は学校のスタッフ、クロエによる旧市街と砂糖菓子店「Florian」のガイドツアーだ。昨年から課外活動はすべて自分で手配しているが、学校側が追加料金なしでやってくれるというのでお願いした。正直、自分の方が詳しいと思っていたが、クロエの解説は充実していた。「だまし絵」の窓の起源が中世の窓税にあることや、城山を徹底攻略したルイ14世の歴史、1860年までサヴォア公領だったニースの複雑な立場など、知らないことも多かった。彼女の明瞭なフランス語を、私が適宜通訳して学生に伝えた。
学校から旧市街を回り、城山公園の展望台まで上る行程はしんどかったが、そこから見下ろす地中海と街並みは格別で、学生たちも満足した様子だった。その後、老舗の「Florian」へ。ここでは偶然にもニース在住20年の日本人社員の方が案内してくれた。日本語での説明は、当たり前だがはるかによくわかる。南仏の果物や花を使った手作りの菓子は高品質で、円安の影響もあり高額だが、その手間暇を知れば納得の価値がある。私は試食で堪能し、購入は見送った。せっかくの高価な品も、その価値が伝わらない相手に渡すのは空しいと感じてしまったからだ。
工房を出たのが午後6時。夜のカーニバルがあるため、歩いてマセナ広場付近まで戻る。その際、ある学生が「大家が外出して夕食が出ない」と言い出した。ホームステイの契約上、あり得ない話だ。心配になり、学校から2キロほど離れた滞在先まで付き添うことにした。学生が道に迷うハプニングもあり、家に着いたのは午後7時半。家は真っ暗で大家は不在。勝手に中に入るわけにはいかないので、玄関先で学生と別れた。
帰宅後、夕食はココナツ風味のタイ風カレー。これが実に美味しかった。この家のご飯は本当にやばい。四旬節ダイエットのつもりだったが、歩き疲れた空腹も手伝い、またたくさん食べてしまった。
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