午前7時に起きる。私たちが宿泊しているAir BnBは、3部屋のアパートで、そのうち2部屋がゲスト用になっている。私たちが到着した日から毎日、隣室の宿泊者は変わっている。昨夜からはIsabelleと書かれた名札がかかっている。何となく共用スペースのダイニングキッチンを使う時間が重ならないように配慮していで、前の2日は隣室の人たちと会う機会はなかった。
今日は朝食を取っていると、隣室の宿泊者が部屋から出てきた。フランスから来た女性だった。バカンスで来たのかと尋ねるとRIDEAUのために来たと言う。彼女は、壁面を使って垂直方向に踊るアクロバティックなダンスのパフォーマーだった。彼女のパフォーマンスの映像を見せてもらう。この垂直ダンスというパフォーマンスはどこかで見たことがあるようなかすかに気がする。ググって見るとヨーロッパやアメリカではかなり盛んらしい。RIDEAUの参加者は皆、メイン会場のヒルトンやその近くのホテルに泊まっていると思ったので、BnB利用者がいること、しかもまさか同じBnBにいたのにはちょっと驚いた。しかし午後にRIDEAUのフォーラムで数百人が入る部屋がいくつか用意されているのを知った。もしかすると千人規模の人間がRIDEAUのために集まっているのかもしれない。ヒルトンの部屋を用意されたのは招待者を中心とするごく一部の参加者だけで,多くの参加者はBnBや友人や親戚の家などに泊まっているのかもしれない。
午前中は娘とホッケーのジュニアのPee-Wee国際トーナメントを見に行った。11時から日本の選抜メンバー ジャパン・セレクトが,地元ケベックのチームと敗者復活戦で戦うことになっていた。競技場は私たちの宿からバスで20分ほどのところにある。これまで使っていたバス停とは反対の方向にあるバス停から乗ったのだが,そのバス停に降りる道が急な崖になっていた。下の道に降りるのに木製の階段が設置されていた。さてジャパン・セレクトの試合だが,Pee-Weeトーナメントの初戦はやはりケベックの強豪チームと戦って,負けはしたものの1対0のスコアだったので,今日の敗者復活戦では勝つチャンスがあるのではないかと期待していた。入場料は8ドル。観客席はガラガラだった。日本チームは第一ピリオドこそ,何とか1-0で踏ん張ったが,素人目にもケベックのチームの方が押しているのはわかった。初めて生で見たアイスホッケーの試合だったが,そのスピードと運動量の多さは圧巻だった。第2,第3ピリオドは,ケベックの怒濤の攻撃に一気に日本チームは崩れてしまい,最終的には8対0のワンサイドゲームになってしまった。力の差は歴然としていた。
日本チームの試合が終わった後,娘と別れ,私はバスでRIDEAUの昼食会のあるコンフェランス・センターに向かった。しかし数日前に受領したランチの予約チケットをコンフェランス・センターのRIDEAU受付に見せると,隣のヒルトンホテルに行けと言う。ヒルトンホテルには,RIDEAUの名札を下げている人が大勢うろうろしていた。一階のカフェで並んでいる人に,RIDEAUの飯を食べるために並んでいるのか,と聞くとそうだと答える。それで私も並んだのだけど,カフェの案内役に予約票を見せても「そんなものを見せられても私にはなんのことか分からない。レセプションで尋ねてくれ」と言われた。ホテルのレセプションの人に昼食会のチケットを見せると,それはやはりコンフェランス・センターのどこかの部屋で行われるはずだと言われ,またコンフェランスセンターに戻った。
RIDEAUは,昼間に行われるフォーラムと題されるシンポジウムの会場と事務局をコンフェランス・センターの地下一階に数室借りていて,食事会もそのうちの一つで行われていることがようやくわかる。この昼食会は有料でしかもベジタリアン・メニューで5000円以上という高額だったため,申し込んだ人は数十人だけだったようだ。私はそもそもRIDEAU参加者自体が数十名規模で,ケベックでひっそりと行われるローカル・スペクタクル見本市だと思っていたし,この食事会はRIDEAUのセレモニーの一つで参加するのが義務のようなものだと思っていたのだが,そういうわけではないらしい。すでに食事開始時間を15分ほど過ぎていた。この食事会は着席だが,自由席。8人ぐらいが座れる円い大きなテーブルがいくつか並んでいる。一人ぼっちでの飯は寂しいので,なるべく話しに入りやすそうな二人円卓に席を取った。料理はカフェテリア形式だ。5000円も取るわりには,飯がしょぼくて,ごちそう感に乏しい。私が料理を取ってテーブルに戻ると,先にいた二人のうち一人は席を立って退室していった。もう一人残った初老の女性は,日本に何度も来ている人で,ケベック州政府事務所の文化担当のKさんのこともよく知っている人だった。モントリオールで若い観客のための演劇のプロデュースを主にしているらしいが,音楽関係のマネージメントもやっているとのこと。この方と20分ぐらい話しをしながら食事をした。ポツンと一人で飯とならなくてよかった。こういう社交的な場が一番神経がすり減る。
午後はフォーラムに出てみることにした。フォーラムは午後に二つの時間帯にわけて,複数の部屋で行われる。要はシンポジウムだ。演劇におけるハラスメントについてのフォーラムに出席した。登壇者は5名,丁数は5, 600名いただろうか。ここでようやくRIDEAUの開催規模が自分が思っていたよりはるかに大きいものであることに気づく。ケベック州の州都とはいえ,人口50万人ほどのケベック市で真冬のこの時期やるスペクタクル見本市にまさかこんなに多くの参加者があるとは思ってなかった。しかも参加者のかなりの部分はケベック州から来た人たちであり,参加者の大半はフランス語話者だ。
「ハラスメント」についてのフォーラムの登壇者のうち,聞いて話している内容がほぼ理解できるのは一人だけで,他の登壇者の発言の内容は追っていくことができないことにショックを覚える。ケベック訛りに慣れていないのもあるが,むしろスピードに理解がついていけない。90分ほどのフォーラムだったが,終わるとぐったり疲れてしまった。
RIDEAU開催期間中は毎日7-9時に,5 à 7 Officielというのが幾つかの会場であって,これも何をするのかわからなかった。とりあえずどんなものか行って見ようと思い,モントリオールでスペクタクル興行のリーダーだという組織の5-7 officielを覗いてみたが,要は企業が主催するカクテルバーティだった。日本からケベックの演劇の現代について調査に来ている,と言うと,きょとんとされて,どんな種類のスペクタクルをやっているのかと聞くと,主にワンマンのコメディショーだと言う。ここにいても仕方ないと思い,10分ほどで退室してしまった。昨夜会った日本人の音楽プロデューサーのルミさんが別の会場の5-7 officielにいるというので,そこに移動する。会場に到着したあと,ルミさんからいったん宿泊先のヒルトンホテルに戻った。30分後にヒルトンホテルで行われている7-9 officielに出るとメッセージが入る。すれ違いだ。この会場では,キャバレーのバラエティショー風の出し物があった。フォーラムの後にもカクテルパーティが準備されていた。なんともケベック人というのはカクテルパーティが好きなんだなと思う。いや見本市というのがそもそもそういうもので,日本の企業が行うものでも,立食パーティでの儀礼的・社交的なやりとりこそ,重要な要素なのかもしれない。TPAM,YPAMにはオーディエンスとしてそこで行われる公演を見ただけなので,「プロ」たちがいったいなにをあそこでやっているのかよくわからなかったのだが,今回は自分が「プロ」の立場でケベックのRIDEAUに出て,ようやくどういうことが行われ,どのようにプログラムが組まれているのかが,見えてきた。全然畑違いだが,一般企業で働く弟も40代後半からはクライアントや他の会社や機関の人たちとの会食が主な仕事みたいなもんだ,とか言っていた。「そういう儀礼的なあたりさわりのない会話しながら飯を食うって面白いんか?」と聞くと,「面白いわけないやろ。仕事や」と弟は言っていた,そういえば。結局,自分の関心のあることしか話せない私は「社会人」ではないんだなと思う。まあ学会のあとの懇親会や出版社などのブースなども同じなのだが,自分は下戸でそういうのが苦手であまり関わりがなかった。
ルミさんとはヒルトンホテルで行われていたサーカスなどの興行を行う会社の5-7で出会うことができた。20分ほど話しをしたが,こちらが話したいことを気持ちよく話させてくれる彼女は,やはりプロの仕事人だな思う。
ショーケースは,Louise Baduelという女性演者による一人芝居,Loop Affectを見に行った。きっちり年月順に整理されていた祖父の写真を見ているうちに過去の回想の世界に入りこんでいき,云々とかいうお話。大量のスモークを使った美術は美しかったし,詩的なテクストではあったけど,その詩の世界は通俗で陳腐で空虚に思えた。美しいけれど,陳腐で,退屈な,まあありがちのモノローグ劇だなと。
もう一つ音楽のショーケースを見たかったけれど,終わるのが深夜11時半になってしまう。この遅い時間帯でも宿方面のバスはあるのだけれど,今日はぐった。疲れてしまった。音楽ショーケースは見ないで,家に戻った。風が強く,粉雪が舞う寒い夜だった。夕食はカクテルパーティで小さなつまみをつまんだだけ。家でポテチを娘と食べる。ケベックで本当に痩せることができそうだ。
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