2020年2月19日水曜日

2020/02/18 ニース研修第4日

研修期間中は日中のスケジュールが決まっているし、ホームステイで他人の家での暮らしなるため、必然的に規則正しい生活になる。23時に寝て、朝6時に起きる。日本にいるときは午前2時、3時まで起きていることが多かった。睡眠時間が4−5時間になることが多く、昼ごはんを食べたあとや夕方に猛烈な眠気に襲われる。一日7時間連続してきっちり睡眠を取ると、日中に眠気に襲われることはない。

到着日やその翌日、そして学校初日の昨日はバタバタしたが、二日目となる今日以降はある程度ルーチンができてくるので、こちらの気分もだいぶ落ち着いてきた。週日は、午前中は学校で授業、昼ごはんをカフェテリアで一緒に取って、午後は学校と私が企画した遠足などのイベントという流れになる。

午前中に語学学校で学生たちが授業を受けているあいだは、私は滞在先で自分の勉強をしていた。エントリーした学会発表の準備をこのニース滞在中にしなくてはならないのだ。本当は私も語学学校の授業に出たいのだけれど。出れば自分のフランス語の訓練になるだけなく、こちらの学校の講師の教授法を知るという点でもいろいろ得るものがあることは過去の体験からわかっている。この学校は一週間単位で登録可能で、毎週月曜に授業がはじまる。毎週受講生が入れ替わるので、固定した教科書を進めていくのではなく、その受講生のレベルやニーズに合わせて教える側が教材を用意し、一週間で一つのテーマを完結させるようにプログラムを作る。

初日沈黙に陥りがちだったクラスは、今日は学生たちも徐々に講師のやり方に慣れてきて、昨日よりはよい雰囲気だったみたいだ。このクラスの講師が研究熱心で意欲的なことは、私は数年前に彼女から映画を使ったフランス語授業の研修を受けたのでよく知っている。受け身で反応がはっきりしない日本人学生とよい関係を作り、授業を活性化させるのは、彼女にとってもやりがいのある挑戦だと思う。日本人とは逆にイタリア人、スペイン人とかだと、それぞれが好き勝手にわれもわれもとぎゃあぎゃあ話すので、それをコントロールして学習に向き合うための秩序を作るのがけっこう大変だと聞いた。

もう一つのクラスは学生たちが意欲的に発言しようとしている感じだが、授業の雰囲気になじめなくてつらい思いをしている学生もいるようだ。本当はいろいろな国と地域の人が混じったクラスのほうがそれぞれの文化的な違いが作用して面白いのだけれど、今回は学校側の都合か、この時期に他の国・地域から来ている受講生のレベルが高いためか、混成クラスにならなかったのは残念だ。

午後は学校主催の遠足でモナコに行った。われわれのグループを引率するのは、昨日に引き続き遠足担当のレアだ。「14時集合にする?」と聞かれたのだけど、早めにニースに戻りたかったので13時半集合にしてもらった。
モナコはニースから電車で30分ほど東に行ったところにある。急斜面が迫る海岸沿いに細長く伸びる町だ。モナコ公国という立憲君主制の独立国であり、フランス共和国の一部ではない。F1グランプリレース、カジノとモナコ大公の宮殿で有名な観光国家で、タックスヘイブンでもあり、世界中からお金持ちの人々がこの国に移住している。後ろに山が迫る海辺の町という構造はコートダジュールの他の町と変わらないが、フランス共和国の町とはちがい、町中は清潔で汚れていない。ゴミや犬の糞も落ちていないし、匂いもない。小ぎれいな町だ。

今回の遠足は町の西側高台にあるモナコ大公宮殿広場に登り、そこから大聖堂をまわって、20世紀はじめのモナコ大公が作った海洋博物館を見学するというもの。時間があればカジノなどがある東側のモンテカルロに行くのだが、そこに行くにはまた下まで降りて上ってとなり時間も食うので、今回は行かなかった。
モナコは美しい町ではあるけれど(海に面した狭い斜面に高層建築が立ち並ぶ独特の景観だけでなく、清潔できれいという意味でも)、私にはその佇まいはあまりに人工的に整備されたように感じられ、面白みを感じない町だ。町並みに生活感が希薄なのだ。観光客の目を楽しませるだけにわざわざ整備されたような薄っぺらさ、よそよそしさを感じてしまう。コート・ダジュール観光では定番中の定番なので、毎年モナコには来ていて、春の研修旅行だけでなく、夏の研修でも来ているので、これで8回目ぐらいになる。でも観光で一回来れば十分すぎる町だ。


モナコからニース行きの列車は人身事故がニースの一つ先の駅であったとかで、なかなか動き出さなかった。18時過ぎにニースに着。学生たちのうち何人かは今夜はステイ先ではなくレストランで夕食を取るとのこと。せっかくステイ先で飯が出るのにわざわざ外食なんてもったいない、とか私などは思ってしまうのだけれど、フランス人との食卓というのはたとえその家のご飯が美味しくても、学生たちにとっては他人の家の飯でしかもフランス語会話を強いられるということで、多少なりともストレスになっているのかもしれない。

私も外のレストランで食べたいものはいくつもあるのだけど、ステイ先の夕食が美味しいので外で食べるがもったいないとも思う。何回かはそれでも外で食わざるを得ないのだが。私が滞在するマダガスカル人家族の家の飯は、肥満の私には犯罪的なほど美味しい。共働きの夫婦が交互に調理をしている。今日はミートボールのパスタという一見どおってことのないご飯だったけれど、すこぶる美味しかった。マダガスカルの唐辛子ペーストをちょっと乗せると風味が増して、さらに美味しくなる。週末はここの奥さんのお母さんがマダガスカル料理を作ってくれるというのでこれも楽しみにしている。

このマダガスカル人の家には今回が3回目の滞在なので、他人の家ということで気を使うところはないではないが、年相応に図々しくなっていることもあり、ほぼ自分の家感覚で気楽に過ごしている。学校のある昼間は家族の人が家にいないので、勉強などしやすいし、学校のすぐそばにあるという利点も大きい。

この家は継続的に語学学校の「下宿生」を通常は一、二週間、長いときは数カ月単位で受け入れている。それが日常で当たり前になっているわけだが、家に常に他人が暮らしているというのはストレスにならないのだろうかと思ったりもする。この家の夫婦はまだたぶん30代後半で、14歳と11歳の二人の子供がいる4人家族だ。家族構成は私の家と同じだが、うちの家で同じようにホームステイを受け入れることができるかといえば、家の間取りや部屋数の問題はともかく、うちでは到底他人と共存する生活は無理だと思う。食事の用意自体、かなり面倒なのだが、他者の存在を意識しながら常に心のどこかで「よそいき」の生活をするストレスに我が家の人間は耐えられないだろう。

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