2023年2月20日月曜日

2023/2/14 ケベック第5日

 2月14日(火)ケベック第5日

午前7時起床。朝ご飯を食べた後,午後のLe Diamant劇場にインタビュー取材のための質問事項を作っておく。立食パーティでの気まずい思いや昨日午後のフォーラムでの「敗北」体験の影響で,インタビューしたもの向こうの言っていることがわからなかったらどうしよう,こっちの言いたいことが伝わらなかったらどうしようと思い,ちょっと不安になる。話が全然弾んだ感じならなくて,「やれやれ」という感じになったらやだなあと。



午前中はLe Diamant劇場にMachine de cirque の『Robot infidèle』を娘と一緒に見に行った。10時半開演だったが,10時ごろに劇場に到着。RIDEAUの参加登録者しか入れない公演だったが,入場時に「娘なんだ。入れてくれませんか?」と入場チェックの人に頼むと,黙認してもらった。

Le Diamantは800席ある劇場だったはずだが,客席は満員になった。私の隣にすわった青年が「フランス語は話せますか?」と話しかけてきた。「ゆっくり話して貰えるなら大丈夫ですよ」と答える。彼はブリティッシュ・コロンビア州からやってきた英語話者だが,これから公演を行うMachine de cirqueの演者の弟子なんだと言う。「あなたもサーカスのアーティストなんですか?」と聞くと,「いや,自分はクラウンです」と答えた。「それでは師匠にサーカスのアクロバットの技術を学んでいるのですか?」と聞くと,そういうわけでもないらしい。「ぼくはスラプスティックなことをやっていて」と答える。

ショーが始まると彼がそういうあいまいな答え方をした理由がわかった。Machine de cirqueは,「サーカス」cirqueと名乗っているけれど,その公演はアクロバット芸を見せるものではない。出演者は3人だ。舞台は帽子工場らしい。最初の20分は帽子工場のコンベアを動かすための電源を,街灯から取ろうとするとはしごや街灯が倒れたり,逃げていったりして,なかなかうまくいかない,という場面が続く。こんなナンセンスな場面を音楽なしで20分続けて見せる,観客を引き込むというテクニックがすごい。チャップリンやバスター・キートンの無声映画へのオマージュのようなシーケンスだ。公演時間は一時間ほどで,演劇的な構成ではあったが,物語の明確な展開があるわけではない。各シーケンスはユーモラスで親密な雰囲気はずっと維持されたまま,帽子と電柱をめぐるナンセンスな情景が連鎖していく。暗喩的に提示された各場面には濃厚な詩情がある。その連鎖が舞台上で幻想的な詩を語っているようであった。

三人の演者が舞台上のそれぞれの場所でバラバラなことを同時にやっているように見えて,それがメカニックに連動している様子など,各要素の構成は緻密にコントロールされていた。照明には,現代のフランス系セノグラフィの系譜を思わせる洗練を感じた。アコーディオンとピアノの生演奏を含む音楽ももちろんすばらしい。実に美しく,そして心浮き立つような楽しさがある舞台だった。私がこれまでイメージしていたサーカスとは異なるもので,サーカス・クラウンの技術が作り出す世界のなかに,演劇,音楽,ダンスの要素を組み込んだ完成度の高い複合的舞台芸術作品だった。



Le Daiamnt劇場での公演後,ケベック在住のサーカス・アーティスト,りゅうのすけさんがやっているおにぎりの店に行った。Le Diamant劇場からバスで5分ほどのところにある。りゅうのすけさんとはFBで知り合った。今回の私のケベック滞在中は,入れ違いで彼は日本で仕事が入っていたため,ケベックで彼とは会えないのだが,「店に立ち寄って貰えるならタピオカ・ドリンクは無料にしておくようにとお店のスタッフに連絡しておくから」ということだったので。おにぎり・タピオカ・ドリンクと日本のアニメ,マンガ関係の雑貨の店だった。広さは40平米くらい。私たちが入ったあとも,お客さんが数組店内にいて,流行っている感じがした。食べ物はテイクアウトのみ。りゅうのすけさんの娘さんがカウンターにいた。おにぎり三つと餅二つ(まんじゅう的なもの),それからタピオカ・ドリンクを二つ頼んだ。おにぎりと餅代を払おうとしたら,りゅうのすけさんにつけておくから,支払う必要はないとのこと。その言葉に甘える。

おにぎりはRIDEAUのメイン会場のコンフェランス・センターで食べた。味は日本で食べるおにぎりと同じ,美味しかった。大きさは日本のコンビニで売っているおにぎりよりも一回り大きい。

昼飯を食べたあとは,私の今回のケベック滞在の公的任務である国際ケベック学会の事務局への表敬訪問。今回のケベック滞在の費用の一部として,私は日本ケベック学会の小畑研究奨励金を利用していて,その奨励賞の選定や運用に国際ケベック学会が関わっているようなのだ。どのように関わっているのかは実はよく知らないのだけど,国際ケベック学会は,世界にいくつかあるローカルなケベック学会の総本山である。小畑賞決定のあとからメールで何回か事務局の人とはやりとりをしていた。公的な任務ということでちょっと緊張していた。表敬訪問といっても,実際会って何を話していいやらと思い,若干憂鬱でもあった。


国際ケベック学会事務局は,偶然にもRIDEAUのセンターが設置されたコンフェランス・センターの隣のビルの8階にあった。約束していた14時ちょうどに事務局を訪問する。幸い,事務局長のSuzieさんは穏やかで優しい雰囲気の人だった。ケベックの印象や自分の研究内容,日本ケベック学会の様子などについて30分ほど話す。お土産は和風の手提げ袋とキットカット抹茶味。お返しにというわけではないが,ケベックのサーカスについて書かれた研究書を頂いた。

国際ケベック学会事務局訪問のあとは,Le Diamant劇場のVivianeさんとの面談の約束があった。これはモントリオール在住の演劇批評家のVaïs氏や在日本ケベック州政府事務所のKさんの仲介で実現したものだ。これも準公的業務になる。正直,フランス語で見知らぬ人にインタビューするというのは,こちらのフランス語力の問題があって気が重いのだが,しかもわざわざこちらからリクエストしてとなるとなおさらである。Vivianeさんとの約束の時間まで30分ほど時間が空いたので,200近い興行主,パフォーマーなどがそれぞれのブースで広報活動を行うmarchéを回った。同じBnBに宿泊している垂直ダンスのイザベルが出展しているので,挨拶しに行った。200近いブースがあると,それらのブースを訪れるプロデューサーたちは行き当たりばったりではなくて,事前にある程度目星を付けているのだろう。人が集まっているブースとそうでないブースが当然ある。出展者の2/3は音楽関係のようだった。イザベルのブースは人はいなかった。せっかくブースを出しても,人が来なければつらいだろう。お土産に持参したキットカット抹茶味を渡した。そのままブースでイザベルからパフォーマンスについて20分ほど説明を聞いた。三年前に日本のテレビでも紹介されたことがあるらしい。身体にワイヤーをつけて,城壁などを利用して踊る。アクロバットのエアリアルよりはあきらかに芸術表現としてのダンスに寄った表現だ。審美的であるが,わかりやすさもあるので,商業性もあるだろう。イザベラのプレゼンを聞き終わると,ちょうどLe Diamantでの約束の時間になった。スタッフの事務所は,劇場の4階にある。


Vivianeさんは大柄でにこやかな女性だった。質問項目はあらかじめフランス語で用意していた。「演劇、プロレスからオペラまで」というLe Diamant劇場のスローガンについて,プログラムのコンセプトやその実現にあたっての困難,劇場の運営体制,ルパージュ/Ex machinaと劇場との関係,ケベック演劇におけるサーカスの位置付け,劇場にとってのサーカスの位置付け,新型コロナ後のクリエーションのありかたそして観客の嗜好の変化についてなどなど。インタビューの時間は30分ぐらい。Vivaneさんは,Suzieさんと違い,あまり話す速度など手加減してくれなかったので,正直半分くらいしかわからなかったのだが,分かったふりをしてインタビューを行った。Le Diamant劇場は,公共事業のあり方の一つの興味深いモデルだと私は考えているので,いずれどこかでこの劇場については書くつもりでいる。インタビューはVivianeさんの了承のもと,録音を取っている。

Le Diamant劇場のVivianeさん取材が終わって,ケベックでの主要任務はほぼ終わりだ。相手を拘束する作業はやはり神経を使う。ケベックではあとは自分の見たいスペクタクルを楽しめばいい。夕方17時から19時のあいだに行われるパフォーマー/興行主主催のミニ・ショーケースは,Makusham Musique, Musique nomade,Ruel Tourneurが提供する三つのauchtone,アメリカ先住民ミュージシャンのライブだった。

最初に演奏したのは,イヌー族の女性歌手のKANEN。2023年4月にファーストアルバムを出す。すーっと伸びる歌声で繰り返されるイヌー族の言葉による歌詞と旋律が印象的だ。フランス語の歌曲だと日本の歌謡曲っぽくなる。これはこれで悪くない。二組目はPakoは,Lanaudière地方のManawan出身のAtikamekw人のシンガーソングライター,PAKO。男性の歌手で,やはり先住民言語であるAtikakw語で歌う。力強い声の野性的な亜人のある面白い歌手だった。ギタリストは,日曜夜のショーケースで,やはり先住民のSCOTT-PIEN PICARDのバンドでも演奏していたデブ・ギタリスト。彼の表現過剰の演奏スタイルは見ていてとても楽しい。三組目はMaten。ケベック北部のManiutenam出身のイヌー族のミュージシャン。ギタリストは引き続き,あのデブ・ギタリストが務める。これは抜群に容器で楽しいポップなフォークロックだった。観客も大いに盛り上がり,最後はダンスに。私もその輪に加わった。日曜の夜のショーケースで聞いた女性シンガー,Laura Niquayも含め,先住民たちによるバンドがケベックの現代の音楽シーンで大きな存在感を持っていることを確認できる。いずれも言葉,ファッションなど先住民族固有のイディオムを,現代のポップ音楽の文脈に組み込んで,個性的なスタイルを確立していた。音楽に限らず,近年,ケベック・カナダの文化芸術シーン全般で先住民族は大きな存在感を示しているようだ。文学や演劇領域における先住民の活動もちゃんと調べておきたい。



19時半からは文明博物館の劇場に移動し,Théâtre à Bout Portantの《人々の移住》Migration des peuples。「移民もの」ということで関心を持った。追っ手から逃れ,移動を強いられる難民の逃走を,マラソン競技のアナロジーを交え,いくつものパターンで提示し続けるという作品だった。おそらく集団製作的な方法で作られている。俳優や演出家が「逃走」場面の表現についてアイディアを出し合い,それを構成したものだろう。ユニークな表現もあったが,ワンアイディアで90分もたせるのはしんどい。台詞はごく少量。途中で落ちてしまった。

この後,音楽のショーケースを見るつもりだったが,あまりに寒く,疲れていたので,家に戻る。靴は防水なのだが,そんなに長い距離を歩いて入るわけではないのにかかとと親指の付け根が痛くてたまらない。もう限界だ。旅行中はふだんより長距離歩かなければならないことが多いのに,こんな靴であと2週間以上,カナダを歩き回ることはできないと思った。明日の午前中に靴を買うことを決めた。

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