2026年2月20日(金)第6日
朝6時半に起床した。昨日倒れた学生をラボまで同伴するためだ。幸いその学生の滞在先は、私の滞在先から数百メートルの距離だ。7時15分に学生の滞在先へ。症状を聞くと、昨夜下痢があったそうだが、熱は下がっていて、吐き気もないとのことだった。採血をするラボもすぐ近くにあった。7時30分にラボの受付をすませると、すぐに呼び出しがあって7時45分には採血を終えてラボを出た。血液検査の結果は午後にメールで届くという。ラボのスタッフも親切で優しい。
フランスは全般的にサービス業に携わる人のクオリティが日本よりはるかに低いのだが(無能、無気力、無愛想)、これまでの私の経験では、医師や薬剤師など医療従事者で嫌な人に会ったことはない。ここもそうだった。
学生には今日の午前中の授業は出なくていい、午後の遠足も行かなくていい、家で寝ていろと伝えた。私はそのあと、自分の家に戻り、朝食を取った。韓国語のDuolingoや週末の予定を考えているうちに、午前中が過ぎる。正午前に、病気の学生に電話すると、もう大丈夫そうなので午後のマントンへの遠足には行ってみたいと言う。食欲もあるとのこと。とりあえず会って一緒に食事を取り、様子を確かめることにした。
ニース駅で待ち合わせして会ってみると、顔色は悪くないし、回復しているように見えた。とはいえ、一昨日に嘔吐、昨夜は下痢があったということで、お腹に負担がかからないものを食べた方がいい。朝はバナナを食べたと言っていた。Geminiに「ニース駅周辺で、お腹にやさしいランチを取れる店」を尋ねたところ、駅前にある中華・和食・ベトナムなどのアジア料理を出すレストランを薦めてきたのでそこにした。道をはさんで駅の向かいにある店だが、これまで入ったことがない。
ガラスの覆いのあるカウンターに様々な惣菜が並んでいて、注文するとそこから料理を取って皿に入れて、温めて出してくれるタイプの「簡易」中華レストランだ。ここは中華惣菜のほかに、寿司もある。カウンターで私たちを迎えた男性店員は東アジアの人だった。フランス語で「日本人なんです」と言うと、ニコッと感じよく笑って、奥に人を呼びに行った。するとなんと出てきたのは日本人女性スタッフだった。話を聞くと、ここは中国人の家族経営の店で、自分は数年前から働いている。夫がフランス人で、カナダのモントリオールでワーキングホリデーで滞在していたときに知り合い、結婚し、最初はリヨン、それからニースに移り、住んでいるとのことだった。まさかフランスのニースの、中華系ファストフード・レストランで、日本語が通じるとは!
私は酢豚丼、学生はカツカレーを頼んだ。カツカレーは日本のカツカレーとはかなり雰囲気は違うが、美味しいと言っていた。酢豚丼は見た目はそっけないが、普通にいける。ご飯の量が多い。店員は、日本人女性スタッフをはじめ、みなニコッと笑ってくれて感じが良く、安心できる雰囲気だ。店も広々していて、清潔だ。値段も高くない。さらっと一人で入って食べるには最適の店だろう。
学生の様子を見て、マントンに連れて行くことにした。ニースを13時30分に出発。マントンには14時10分過ぎに着く。列車のなかで、血液検査の結果が届いていることがわかったが、pdfにパスワードがかけられていて、スマホでは内容が確認できなかった。帰宅してから内容を確認することにする。昨日の医師の様子からたいしたことはないとは思うのだが。
今日は金曜でパレードのある日ではないが、マントンはけっこう人手が多かった。まず駅から300メートルぐらいのところにある公園で、オレンジとレモンで作られた巨大な立像の展示を見学する。毎年何らかのテーマに沿って、像が作られるのだが、今回は動物の像が並んでいた。この立像展覧会に40分ぐらい過ごす。それから旧市街方面に向かって歩いた。
途中、ジャン・コクトーが内装を手がけた市役所内の結婚式場を見学するかどうか迷ったが、旧市街滞在時間を長めに取りたかったので、結婚式場見学は諦めた。クラスの他の国から来た人たちと海岸で夕暮れを見ながらお別れ会をするので、それまでにニースに戻りたいという要望があったため、4時半の列車でマントンを発つことにしていた。これに乗れば、5時10分にニースに着く。旧市街の入り口についたのが3時頃。そこで約1時間の自由時間とした。
丘に沿って形成されたマントンの旧市街見学を強く薦めたのだが、旧市街は見ずに麓でショッピングをしていた学生が多かったようだ。日本人の観光行動は、「見ること」よりも、その消費スタイルが優先されることが多い。観光地における消費は、もちろん「見ること」を前提としたものなのだけど。一昨年から、科研費のグループ研究で、観光演劇学という新しい学問領域を提唱するために、観光学の勉強もやっているのだが、観光学の古典的名著であるアーリ/ラースン『観光のまなざし』第2版では、観光の核心として「視線」の存在が強調されている。見ることを重視するこの理論は、日本スタイルの観光の考察については、アジャストが必要となるように思う。このテーマに沿った科研費の研修申請の審査結果は来週出る。申請書執筆には膨大な労力と時間を費やしているので、採択されていなかったらひどく落ち込むことになるだろう。
私は南仏の旧市街のなかで、丘の斜面に沿って迷路のように展開するマントンの旧市街が一番好きだ。旧市街の頂上にある墓地からの景観も素晴らしい。麓から上に登り、また下に下るだけで、1時間が過ぎてしまった。美術館や市役所の結婚式場、海などを見ることを考えると、マントン滞在は2時間では短すぎた。半日くらいは最低、いたい街だ。
16時15分頃にマントン駅に到着すると、16時20分ごろ発の予定のニースに向かう列車が停車していた。これに乗り込んだのだが、なぜかなかなか動かない。車内は混雑していて暑かった。結局ニースに着いたのは17時半だった。夕食の時間まで間があるので、今回の参加学生のなかで最も遠くに住んでいる学生の滞在先付近を見てみることにした。ニース駅を出発し、海から山側へまっすぐ伸びるガンベッタ通りを20分ほど進んだ場所だ。この時間帯のバスはおそらく通勤の帰り客で混雑していた。このあたりに来たのは初めてだったが、ごく普通の住宅地で、特に危なそうな雰囲気はなかった。
ここに住む二人の男子学生の大家はカーボベルデ人で、おそらくかなり敬虔なカトリックだ。というのも、2月18日が灰の水曜日で、断食の時期である四旬節の始まりなのだが、それ以来、食卓には肉も魚も出なくなったと学生たちが言うのだ。小麦のタブレにスパイスやソースをかけたものを食べているらしい。いまどきのフランス人でここまで厳格に四旬節を守っている人は珍しいように思う。しかしこの二人の男子学生にとっては災難だ。気の毒に思ったので、彼らをまた肉が食べられる食事に誘おうと思った。
家に帰り、夕食。今日は苦みのある白い葉野菜、アンディーブ(チコリ)とハムのホワイトソースグラタンだった。いかにもフランスの家庭料理っぽい料理だ。アンディーブの苦みに慣れると美味しい。これに甘いコーヒークリームのミルフィーユ。今夜も満腹である。
シャワーを浴び、寝る前に、ようやく学生の血液検査の結果を読む。すると、pdfの記述内容を解析したGeminiによると、炎症反応を示す数値が高いということだった。元気になったように見えたが血液検査の結果では治ってないのだ。なんということだ!明日、医者に連れて行かなければならない。しかし明日の日中はアンティーブへの遠足で、午前中にピカソ美術館の団体訪問を予約している。ピカソ美術館の団体予約処理は結構面倒くさいので、学生だけでは無理だろう。いまさら学生だけでアンティーブに行かせるわけにはいかない。どうしようか悩む。とりあえず明日の朝の様子をみて、よくなさそうなら朝に病院に連れて行く。大丈夫そうに見えたら、とりあえず日中は家で安静とし、夕方、アンティーブから戻り次第、病院に連れて行く、ということにした。
0 件のコメント:
コメントを投稿