月曜日。今日から語学学校の授業が始まる。学生たちには朝8時半までに学校に行くように伝えていた。今回は17名の学生を2クラスに分けて貰った。フランス語を学んで一年目と二年目以上の学生が混じっているけれど、会話能力という点では学生たちのフランス語力それほど大きな差があるわけではない。
授業初日の今日は、私は授業を受けるわけでないのだが、ちょっと緊張して憂鬱だった。学校側から先週の金曜の夜、私たちがすでに飛行機に乘っている時間に送信されたメールに「突然で申し訳ないが、プログラムに小さな変更がある。新しいスケジュールは添付ファイルを参照のこと」というのがあったからだ。添付ファイルを開いてみると、2週目の授業が午前から午後に変更され、遠足が午後になっていた。これまで常に授業は午前、遠足が午後に設定されていたのだから、この変更は小さなものではない。授業が午後になると、現地での生活の組み立て方が根本的に変わってしまう。
こんな大きな変更を「小さい」変更と記して、その変更の理由を示していないのが、非常に不愉快だった。「二週目には午前中の授業を行わない? これは「小さな」変更とは言えない。明確な理由の説明もなしにこういう変更を受け入れることはできない。この件については月曜日に責任者と真剣に討議する必要がある」という返事をすぐに送った。
学校側のクソみたいな言い訳を聞いて、それに反論して、変更の撤回まで持っていく面倒な「けんか」をしなくてはならないかなあと思って気が重かったのだ。こういうことはこれまで何回もやってきた。
メールを書いたのは今年学校に正規雇用になったばかりの若い女性のスタッフで、朝、学校で私に合うと、ちょっと警戒したような硬い雰囲気があった。授業プログラムの責任者とはこの研修プログラムが始まった6年前から知っている中だ。お土産の「キットカット抹茶味」(学校へのお土産は毎年これで、ミキオといえば、キットカット抹茶味という具合になっている)をその授業担当責任者に渡しながら、この件について彼に確認し、二週目の授業を午後にすることは受け入れることはできないと伝えた。すると「ちょっとすぐにはわからない。午前中は新しい受け入れ学生のレベル分けテストで忙しいので、あとで確認して、午後にこの件について返事する」ということだった。結果的には2週目の授業は従来通り、午前に行うと昼前に彼から連絡があった。
私の伝え方がちょっと攻撃的過ぎてギクシャクしてしまったかなと思ったが、交渉ごとにおける私のこうした攻撃性はフランス人によって育まれた面もかなりあるような気がする。日本ではこの攻撃性がマイナスになってしまうことが多い。一応気をつけていはいるのだけど。
という出来事はあったのだけど、6年前から毎年来ているので学校のスタッフの多くとは顔見知りで、知り合いの誰もが私の再訪を歓迎してくれ、こちらの気分も高揚した。2014年の夏から、二週間の滞在とはいえ、ニースにはこれで9回来ているのだ。神戸の実家より頻繁に行っているわけで、今やニースは私の第二の故郷、ville d'adoptionと言ってもいい。
学生たちのレベルは、ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)でA1ぐらいと伝えていた。おとなしい日本人学生の特性は学校はすでに理解している。月曜にレベルチェックのテストをする年もあるのだが、今回はそれを省いて月曜の最初から授業をやってもらった。ここの学校のスタイルは、教科書を使うのではなく、学生の反応を見ながら臨機応変に教える内容を調整していく。コミュニケーション主体の内容だが、真面目に文法を勉強している学生には内容的には易しすぎると感じられるかもしれない。イタリアやドイツからの受講生がこの学校には比較的多いのだが、言語的に近いためにとにかくよくしゃべるが文法は近いがゆえにかえってまったく身につける気がない欧米系の学生と、文法的な枠組みを通して外国語を理解していく日本人学生は対照的だ。まだ初日で学生たちも緊張がある。
学生たちに話を聞くと、一つのクラスはうまく学生たちのバリアを打ち崩せたようだ。もう一つのクラスは「沈黙の壁」にちょっと先生が苦戦している感じがあるようだ。
昼食は学校と道を挟んだ裏側にあるカフェテリアで取る。このカフェテリアでは語学学校だけでなく、近隣の契約した企業や官庁のスタッフしか利用できない。前菜+主菜+パン+デザートで、それぞれ何種類かあるうちから選ぶ。パリの一般的な大学食堂と比べると、味もボリュームもかなりいい。フランスは外食が高いので、受講料に昼飯も含まれているのはありがたい。
午後は学校のプログラムでニース旧市街の散策と果物のシロップ漬けなどの砂糖菓子の工場・販売所の見学を行った。われわれのグループをガイドしたのは、授業プログラム変更の件で私とメールのやり取りをした若いフランス人女性スタッフだった。ここ数年では一番丁寧に説明をしてくれた。そもそもフランスのこうした観光ガイドツアーでは、けっこう真面目に参加者は勉強させられてしまう。歴史や文化的背景について、教育的にきっちり説明するのが、フランスのスタイルなのだと思う。
ガイドが真面目だったので、私も今年は例年より若干丁寧に通訳をした。案外、学生は聞いていた(ように見えた)。ニースにはしょっちゅう来ているのだけれど、旧市街と海の風景を見ると、毎回、なんて美しい場所なんだろうと思わず感嘆の声を上げてしまう。今日も天気がいい日で、濃淡の異なるツートンカラーのニースの海はとても美しかった。風情ある旧市街からほんの数分歩いただけで、美しい海岸に出ることができるのがニースの魅力だ。
旧市街と海を見た後は、町を見下ろす城山の展望台に行き、そこから山を挟んで旧市街の裏側にあるニース港に面したところにあるお菓子工場、フロリアンに行った。このお菓子工場の見学を楽しみにしている学生は多かったようだ。
ここで生産されるお菓子は、チョコレートとこの付近で採れる果物や花を使った砂糖菓子だ。チョコレートの原料であるカカオを除くと、地元の天然素材しか使わず、職人たちの手作業で手間をかけて丁寧に作られている。その工程をガイドつきで見学していく。作業場のレイアウトが昨年から大きく変わっていて、その工程がよりわかりやすくなっていた。工場というよりは、職人が手作業でやっているので作業場という感じだ。見学の最後には、直売所がある。ここで商品を買ってもらうという手はずになっているのだ。
天然素材だけをつかった職人の手作り菓子ということで、安全で美味しいけれど、値段もそこそこ高い。私がここではお土産を買わなくなったのは、工程や材料を知っているとこれらの菓子のありがたみがわかるのだが、家族にお土産で渡したとき、スーパーのポテトチップスのように無造作にぼりぼりと食べられてしまって、その値段にみあう「すごさ」を感じ取ってもらえないことに失望したからだ。「うん、けっこういけるね」みたいな感じで。
お菓子工場見学のあと、解散。歩き回って、私は疲労困憊した。フランス人は歩くのも早い。たったか、たったか目的地まで早足で歩くので、よけい疲れるのだ。
私がニースに5年前に来たときからずっと工事中だったトラム2号線に乘って、家の近所まで戻る。トラム2号線は空港とニース市街地を結ぶ路線で、ニース市街地では地下鉄になっていた。ニースに新しい地下鉄というのはミスマッチな感じがした。
夜はニース在住の友人と彼女の恋人と3人で飯を食べた。彼女には6年前、私がフランス語教員研修のためにはじめてニースに2週間滞在したときに知り合った。その研修には日本フランス語教育学会の推薦で参加したのだが、私はこれでニースに来ることはもうないだろうと思い、研修後に3泊ほど個人旅行としてニースに滞在した。宿泊先は駅の北側の庶民的な地域にあった。夜に地元の人が食べに来るような雰囲気のレストランに入って、出てきた飯の写真を撮ったりしているときに、隣のテーブルに座っていた彼女と彼女の当時の夫に声をかけられたのが知り合ったきっかけだ。そのときはかれらと同じテーブルで飯を食べてそれで終わりかと思ったのだけれど、その数ヶ月後に彼女と彼女の友人が東京に旅行にやってきて一緒に遊ぶということがあり、関係が途切れなかった。ニース研修をやってみようと思ったのも、彼女との出会いが影響している。なんとなくニースとは縁があるような気がして、この縁を持続させたいと思ったのだ。
それ以後、ニースに来るたびに彼女に会って飯を食べるようになった。彼女は3年前に夫と離婚して、新しい彼氏がいる。離婚の原因はハンサムな美容師の夫が、同じ美容室で働く女性と不倫したことだった。彼女はそれが判明すると即座に別居。しかし別居後、3ヶ月ぐらいで今の彼氏と付き合い始めた。前の夫とのあいだには、娘が一人いたのだが、娘は彼女と住むことを望まず、不倫相手と再婚した夫の家で過ごしていると言う。
彼女の新しい彼氏も離婚した独身男性で、十代の息子が二人いる。彼女と彼は結婚はしていない。
彼女は離婚以来、娘とはまともに口を聞いていないそうだ。娘は離婚自体が許せないようだと言っていた。夫の家に住んでいるが、夫と娘の関係もよくないと言う。
というようなフランス人家庭の細々とした話を聞くのが興味深くて、彼女との付き合いは続いている。日本の着物や帯の素材を使って、服をデザインするのに彼女ははまっていて、ここ数年は古着の帯や着物を買って持ってくることを頼まれる。古着のサイトで彼女好みの帯や着物を選んで購入し、それをスーツケースに入れて持ってくるのは、正直ちょっと面倒なのだけれど、エキセントリックな彼女の話を話を聞くのは面白いし、こういった付き合いもまあいいかと思って、関係が途切れないようにしている。また彼女は私をニースに結びつけた恩人ともいえる。ニースと知り合って、わたしの人生は大きく変わったので。彼女を通じて知り合った彼女の友人たちにも自由でユニークな人がいて、彼らとの付き合いも続いている。
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