2020年2月20日木曜日

2020/02/19 ニース研修第5日目

学校がはじまって三日目。特に大きな問題はない平穏な日だった。
私たちが日本から出国するちょっと前から、日本国内におけるコロナウイルスの感染が大きく報道されるようになり、これがフランス人が潜在的に持っているアジア人に対する差別意識と結びついていやな思いをするのではないかと懸念していたのだけれど、実際にはアジア人を露骨に避けるみたいな事態には遭遇していない。学校やステイ先はもちろん、遠足で町中を集団で歩いているのだけれど、こちらを避けたり、嫌悪するような視線は感じたことはない。昨日モナコに遠足に行ったとき、ヨーロッパ人観光客がわれわれを見て、手で口と鼻を覆って足早に通り過た、と学生が言っていたが、私はそれを確認していない。

2003年にSARSが流行ったときに私はパリに留学中だった。このときはフランスのメディアではセンセーショナルな報道がされ、パリでアジア人が警戒されるみたいな空気を感じたのだけれど、ニースではそんな感じはない。町中の店でもあの南仏特有のオープンで人懐っこい感じそのままだ。

フランスにあるフランス語の語学学校は基本的に外国人学生を対象としていて、その外国人にはもちろん中国人も含まれる。今、われわれが通っているAzurlinguaにも中国、韓国からの留学生が何人か通っている。休み時間に彼らのうち数人と話をした。フランスの語学学校でアジア系の人がいると、見た目が似ているというだけで私はなんとなく親しみを感じる。フランス語・フランス文化を学ぶ東洋人という共通点で、なんとなく共有できるものがあるような気がするし、実際に話しかけてみても感じの悪い中国・韓国人にはこれまで私は会ったことがない。Azurlinguaの若い中国人学生も感じがいい。ただコロナウイルスを話題としては出さなかった。


今日の午後は学校主催の遠足はない。ニースのカーニバルのプログラムのひとつである花合戦を学生たちと見に行った。全員参加ではなく希望者のみ。17人の学生のうち、14人が参加した。花合戦は要は山車のパレードで、ニースの春の花であるミモザをその山車にのった美女たちが観客たちに投げるという趣向がある。ニースのカーニバルは1876年にはじまり、今年が第136回だ。断食の時期である四旬節がはじまる前日の「脂の火曜日」にそれまで貯蔵してた肉類を食べ尽くし、どんちゃん騒ぎをするという風習は中世から確認されているが、大規模なパレードを主体としたカーニバルがはじまったのは19世紀の終わりだ。ニースは19世紀には避寒地としてロシアやイギリスの金持ちたちが冬に滞在するリゾートだったが、1870年の普仏戦争のあとにリゾート客が一気に減ってしまった。それで落ち込んだ観光客を取り戻すためにカーニバルを始めたそうだ。ちなみに今ではニースをはるかに凌駕する規模のリオのカーニバルは、ニースのカーニバルを見たブラジル皇帝がそれを模倣して始めたそうだ。

「カーニバルを見られるよ」ということで学生を集めているところもあるので、ニース研修では毎年カーニバルを見に行く。私は6回目ということになる。正直に言うと、食傷している。ニースのカーニバルは有料であるため、お祭りといっても地元の人々が楽しむのではなく、ほぼ完全に観光客向きのイベントとなっているのも、興をそがれるところだ。「大頭」と呼ばれるはりぼての巨大な「ねぶた」のような人形の行進など、民俗的な風習とのつながりを感じさせる要素もないわけではないけれど、祭りとしての無秩序なエネルギーの爆発は乏しいのが残念だ。昨年は公的なカーニバルのほかに、Lou QueernavalというニースのLGBTたちによる自主企画のカーニバルがあって、それが公式よりはるかにアナーキーで面白かったのだが、今年は残念ながらQueernavalは開催されなかった。

カーニバル花合戦のパレードは2時間ほどで終わる。カーニバル終了後は、学生二人と同行教員のKさんと一緒にイギリス人遊歩道沿いにあるニース随一の高級ホテル、ネグレスコ・ホテルのバーに行った。このホテルのバーと大広間には毎年行くことにしている。私としてはこここそがカーニバルよりはるかにニース観光の目玉だ。ただ場所が場所だけに、学生を十数人ぞろぞろ連れて行くような場所ではない。毎回、数名ずつ希望者を募って、連れて行く。

ネグレスコ・ホテルのバーでお茶を飲めば、ネグレスコの客としてその奥にある大広間を見学することができる。コーヒーの値段は8ユーロでそれほど高くはない。この大広間の空間設計とその周囲の廊下に展示された美術品が素晴らしいのだ。ネグレスコ・ホテルの大広間は、ニースにあるベル・エポック期の壮麗さを代表するものの一つだろう。


バーに入って、窓際の広めの席に座ろうとすると、若いウェイターが「そこは予約席なので、こちらに座ってくれ」と狭い丸テーブルの席に案内された。案内されて一度座ったものの、「バーに予約席?そんなもんほんまにあるのかな?」と思う。別のウェイターがわれわれの席にやってきて、「4人でしたらもっと広い、あの窓際の席にどうぞ」と案内してくれた。案の定、予約席などなかったのだ。こういうことをされると、かっと頭に血が昇る。注文をしたあと、最初のウエイターが横を通り過ぎるときに呼び止めて、「ここのテーブル、誰かが我々のために予約してくれていたんだね」と皮肉を言うと、ごにょごにょとなんか言い訳していた。こういうことをするウエイターはちょくちょくいる。

カフェでお茶を飲んだ後、サロンを見学。女性三人にはトイレに行くことも勧める。このホテルのトイレの装飾がとても豪華でかつユニークだからぜひ見てほしかったのだ。

ネグレスコ・ホテルを出た後、その近所にある私がいつもニースでお土産を買うチーズ屋とチョコレート屋に彼女たちを案内した。チーズ屋さんは残念ながら臨時休業、チョコレート屋はやっていたが、スタッフが前と変わっていた。ただおいてある定番の商品は前と同じものだ。聞くと昨年の10月にこの店を買い取って新しいオーナーになったとのことだた。ニースにある数件のチョコ屋でチョコをお土産に購入したことがあるが、妻曰く、この店のチョコが特に独特の風味があって美味しい、ということだ。

今日はあまり歩かなかったので元気だ。
夕食は鮭のソテーにバジルの入ったソースを絡めたものに、ネギのクリーム煮とご飯。やはりすこぶる美味しい。私の家族関係、夫婦関係が食事のときの話題になる。「なんでミキオばっかり一人でいろんなところに行っているんだ? 妻と一緒に旅行したりはしないのか?」とか。「妻は働いていて、長期の休みが取りにくい。休暇をとっても彼女は旅行よりも、家で休む方を望む」と言うと、サプライズで航空券をプレゼントして旅行に誘ってはどうか?と言う。私自身の旅行は自分の研究の演劇かフランス語が必ず絡むものなんで、純粋にバカンスとしての旅行は実はまったくする金銭的・時間的な余裕がないのだけど、向こうにすると家族でバカンスを取らないというのはどうかしているんじゃないか、という感じのようだ。私の滞在先のマダガスカル人一家は、裕福ではないだろうけれど、それでも年に一度は家族4人で海外にバカンスに出かけている。今、書きながら思ったのだが、彼らは生活におけるバカンスに対するプライオリティが極めて高いのだ。

あとは妻にとっては私より子供二人のことのほうがはるかに優先度が高い、私は私、妻は妻の世界をそれぞれ別個に持っていて、目下、二人の共通の世界といえばそれは子供のことになる、と話すと、「いずれ子供は独立していなくなる。そうなると夫婦だけの生活になる。二人で人生をどう過ごすかを考えることは必要だろう?」と至極まっとうな忠告をされる。全くそのとおりだ。私自身もそうは思うのだけれど、妻にはそういうことを優先して考える余裕が今はない、みたいな答えをした。

フランス人とだと、私がつたないフランス語しか話せないがゆえにいっそう、こういったことを率直に議論できるのが面白い。日本人とはこういう議論はなかなかできないだろう。ホームステイってのはしてみるもんだなと思う。

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