午前6時55分起床。
一昨日から発熱している学生の様子を確認する。やはりまだ熱が引かず、38度以上あるとのこと。その学生と同じ家に滞在してる別の学生に、ホストファミリーにタクシー呼び出しを依頼し、救急外来のあるパストゥール病院まで発熱している学生を連れてくるように伝えた。するとホストファミリーの旦那さんが車で病院まで学生を運んでくれることになった。私は救急対応窓口があるパストゥール病院に朝食を取った後に向かい、学生をそこで待った。学生が病院に到着したのは午前8時半頃だった。一般外来も受付が始まる時間だ。救急外来窓口ではなく、一般外来窓口で診察を受けることになるのかなと思ったが、救急外来の出入り口にいた職員に聞くと、予約がない場合は救急外来でいいと言う。大病院なので待たされることを覚悟していたのだが、以外にすんなり診察に入ることができた。
発熱学生はさすがに元気そうではなかったが、普通に歩ける。まず受付で病状についてかなり詳しい問診があった。そのあと、しばらくして診察室へ。若い男性医師が診てくれた。医師の問診のあと、採尿と鼻に綿棒を突っ込むウイルス検査を行う。ウイルス検査の結果、学生は新型コロナに感染していたことがわかった。この学生は日本出国の一週間前に新型コロナに罹っていたのだが、出国日の前にはほぼ回復していて、熱も咳もなかった。まさかその二週間後に新型コロナになるとは予想外だった。学生はかなりがっくりした様子。私もこれはもしかして日本に予定日に帰国できないなどかなりやっかいなことになるかもしれないと覚悟したのだけれど、フランスではコロナ診断確定後の処置は解熱剤を処方することだけだった。熱があってしんどいだろうから解熱剤を飲んで、治るまで家で寝ておけ、ということだ。これは数年前に連れてきた学生がインフルエンザに感染したときもほぼ同じ処置だった。
フランスの解熱剤は日本の解熱剤よりも効く成分が大量に入っているので、その効き目は非常に切れ味がいい。これまで二人、ニース滞在中にインフルエンザが発症した学生がいたが、解熱剤を飲んで熱をさげ、2日程度家にいたら快復していた。今回の新型コロナの彼もそうであればいいのだが。この学生は他に二人同室の学生がいる。二人とも発熱はないものの、昨日から体調がいまいちのようだった。おそらくかなり高い可能性で同室の二人も新型コロナに感染していると考えたほうがいいだろう。
フランスの医療については、フランス在住者で高い評価をしているのはあまり目にしないけれど、少なくとも私の経験ではいやな思いをしたことはない。私はフランスで入院経験があり、それ以外にも医者に行ったことは何度もあるし、ニースでもこれまで数人の学生を病院に連れて行った。医師の応対や診察は、日本で私が通うクリニックよりもおおむね丁寧だ。看護士や薬局の人たちも親切だった。今回も病院会計事務や誘導のスタッフも含め、とても感じがよかった。
そういえば、今回の滞在、フランス人対応はみんな感じいいよな、と思ったのだが、病気の学生をタクシーで家まで送ったときに、タクシーの運転手が到着後に、「追加料金」というボタンを押して、メーターに表示されている料金より10€上乗せしてきた。
「なんだ、この10€は?」と聞くと、これはニースのタクシーのミニマム料金だと言う。「そんなものはいままで見たことはない。冗談言ってるのか?」と言ったが、「これは決まったものでどうしようもない。ミニマム料金だ」とかわけのわからないことを言う。
運転手の名前と車の番号を控えておけばよかった。結局、領収書あれば保険で返還されるしと思い、そのまま請求額を払ってしまったのだが、むかついてしかたない。乱暴にバタンとドアを閉めて車から出ると、「しずかに締めろ!」と注意してくる。まあ、正当な注意かもしれないが、病人乗せているのをわかった上で、こちらが外国人であることにつけこんでぼったくる屑のくせに、何をえらそうに注意するんだと思い、「悪かったな。野蛮人だからドアの閉め方がわからなんだ」と答えた。
「ああ、なんていい人ばかりなんだ」という気分でいると、滞在中にこういう奴に遭遇しないことがまずないのだから、フランスは奥が深い。ある意味、最高というか、ホッとするというか、「ああ、これがフランスだよ」という気分になる。「ニースのタクシーとトイレは、最低だ」ということを改めて確認できた。
昼食は学校に戻り、学校のそばの食堂で取る。今日の昼食はムール貝+ポテトフライを選んだ。
午後の学校主催の遠足は、ニース現代美術館だった。ここには豊満な女性像の立体作品やポップで鮮烈な色彩表現が印象的なNiki de Sant Phalleの作品やニース出身で青色のモノクロームの絵で知られるYves Kleinの作品など、現代美術の優れた作品を数多く展示されている。案内役のLauraが鑑賞前に、背中に背負うリュックサックはもとより、貴重品などが入った小さなバッグまで受付の横の部屋にある無人のスペースに置いてある箱に入れていけと言う。美術館がそう要求すると言う。「いくらなんでも貴重品を入れる小さなバックもこんな無人の部屋の箱に入れて置くように指示する美術館はあり得ない」というようなことをいくぶんきつい調子で彼女に言って、学生たちには大きなリュックサックはともかく、それ以外のカバン類は美術館内に持ち込んで鑑賞してもかまわないと言った。美術館の受付の職員にもそれで問題ないことを確認した上で。案内役のローラは彼女なりに一所懸命に自分の任務を果たそうとしているのはわかるのだが、こんな馬鹿げた指示に従わされるのはがまんならなかったのだ。
意外だったのは、ローラは自分の過ちを認めて、謝罪するフランス人だったことだ。今回は私が彼女の面子を潰すようなことをしたのだが、あとで彼女は「自分がカバンについて変な指示をしたことはごめんなさい」と私に謝罪した。フランス人は、自分の責任が追及されるようなときは決して謝らないという固定観念が私にはあるので、ちょっとびっくりした。そういえば木曜日におそらく彼女のミスで、ボーリュへの遠足に行けなかったときも、彼女は謝罪していた。彼女がたまたまそういう人なのか、それとも最近のフランス人の若者はミスをしたら謝るようになったのか。
ニース現代美術館では90分ほど過ごして、学校主催の遠足は解散となった。
今日はこのあと21時から、学生たちを連れてニース高台にあるシミエ修道院の回廊でのジャズ・コンサートに行くことにしていた。ローラと別れたのが17時半頃だったので、コンサート開始まではまだ時間がある。1時間後にガリバルディ広場に再集合することにして、私は旧市街でジェラートを食べ、ニースの老舗オリーブ製品店、Alziariで買い物をした。
夕食はジャズ・コンサートに行く学生たちと一緒に、旧市街内のトルコ料理大衆食堂で取った。ケバブの類いの定食を出す店だ。普通のレストランに入ると食べ終わるまでに90分は見ておかなければならないんので、安くて早いケバブ・レストランを選んだ。ケバブは欧州留学者にとっては定番中の定番の軽食だし、日本でも最近はケバブ店を多く見かけるので、ニースの外食でケバブってのはもったいないなあと思っていたのだが、学生たちのなかにはケバブを初めて食べたという学生が数人いた。
食事後、バスでシミエ修道院へ。日の入りは20時45分ごろなので、コンサートが始まってもしばらくの間は外は明るい。コンサートの代金は25歳以下の学生が9€だった。当日券を購入したが、計算が面倒くさかったのか、私も9€の代金でチケットを購入することができた。コンサート会場はシミエ修道院の中庭回廊である。修道院の中庭には普段は一般人は入ることができない。この普段は入ることができない聖域でコンサートを楽しめると言うのが魅力だ。コンサートは21時過ぎにはじまり、23時頃に終了した。シミエ修道院からふもとのニース市街地までは歩いて30分ほどかかる。帰りをどうするかが問題だった。夜中でもバスはないことはないが、本数は少ない。
ニース駅の北組と南側の二組に分けた。北組は男性二人が女性二人をエスコートして滞在先まで送っていく。女性二人を送り届けた後、男性二人は自分の住処に戻る。南組の女性には私がつきそうことにした。南組は歩いて下るとなると、4キロ弱歩かなければならない。そこから私は自分の家に戻るとなるとさらに2キロぐらい歩くことになるだろう。帰宅が午前1時ごろになってしまうかもしれない。これはちょっと体力的に無理、と思い、Uberを使うことにした。Uberを呼び出すと5分ぐらいでやってきた。Uberはなんて素晴らしいんだ。行き先を指定した時点で値段も出て、カード決済なので、タクシーのようにぼられることもない。北組の学生たちにもあらかじめUberの使い方を教えておけばよかったと思う。彼らは暗い夜道を歩いて麓まで下ったのだ。