2025年3月11日火曜日

2025/03/08(土)モロッコ第6日

 

2025/03/08(土)モロッコ第6日

ラバトからフェスに移動する日。ホテルのチェックアウト時間が正午だったので、移動日の朝は時間の余裕が欲しくて、列車は11時27分発の列車を予約していた。フェス着は14時20分。フェスでは旧市街のリヤドに泊まる。マラケシュでの経験があったので、リヤドに迎車を要請していた。100dhmと高めだが、旧市街のリヤドまでの送迎だとこれくらいが相場のようだ。

朝起きるとちょっと吐き気がする。お腹の調子がおかしい。下痢だった。嘔吐はなかったものの、3回ほどトイレに。力も出ないし、眠い。出発時間を遅くしていてよかった。朝、シャワーのお湯が止まらないというトラブルもあった。これはホテルのスタッフがすぐに解決してくれたが。胃腸薬とあとむかつきがあったのでガスター10を飲んだ。下痢症状は治まったが、軽い吐き気と倦怠感はある。

フェス行きの列車はコンパートメントの窓側だった。スーツケースを頭上の棚に上げるのに苦労する。向かいに座ったイギリス人の観光客の男は足をこっちに伸ばしていて、感じが悪い。フェスに着くまでの3時間弱、体力回復のため、寝ていた。



フェスで迎えの車はすぐに見つけることができた。天候は雨。メディナの入り口にリヤドの人が迎えに来ていた。しかし案内されたのは、予約していたのとは別の宿だ。予約していた宿の施設で問題が起こったので、宿を変更して欲しいとのこと。私の予約していたリヤドはBooking.comでは高評価ではあったが、私の宿泊直前に宿名が変わり、またもとに戻るという不可解なことをしていた。そして急な宿変更。持ち主は同じらしい。いまさら違う宿を探せと言われても困る。受け入れるしかない。Google Mapでリヤドの評価を見ると、私の一週間前に泊まった人も、同じように到着後に宿を変更させられたと書いてあった。なんかきな臭い。

今回のリヤドはマラケシュのリヤドより狭かった。リヤドの若女将は若い女性で、感じのいい人であった。年齢を聞くと23歳だという。いとこが日本人女性と結婚して東京に住んでいるとか。





16時に町歩きガイドを予約していて、リヤドに迎えに来ることになっていたので、そのガイドの会社に電話してもらい、リヤドが変更になったことを伝えてもらった。16時5分ごろにガイド登場。もともとは日本語のガイドがいるということで関心を持ち、68ユーロというかなり高いガイドツアーに申し込んだのだが、ガイド会社からは昨日夜に、日本語ガイドが用意できない、英語ガイドでいいか?という連絡が入った。何と言うことだ。英語では困る、日本語ないしフランス語ができるガイドでない場合は返金を要求すると返事したところ、フランス語ガイドになった。私と同じ年くらいの男性である。

メディナ内の立派なリヤドや9世紀に設立された大学などに連れて行ってもらったが、あいにくけっこうな雨のなかの散策で、メディナの迷路のような町のなかも暗く、どこがどこか今ひとつつかめない。ガイドツアーの説明には他のガイドと違って、このツアーではお土産物屋に連れて行くようなことはせず、文化・芸術・歴史に絞ったツアーだと書いてあったが、このガイドはアルガンオイルなどの香料の店、スカーフなどの織物製品の店、そして革製品の店に連れて行った。






アルガンオイルは買わなかったが(けっこう高価だったし、そもそもどういうものか私は知らない)、スカーフを二つ、そして革製品の店で赤い皮のハーフコートを購入してしまう。赤い皮のコートはいいものがあれば買って帰りたいなとは漠然とは思っていた。値段はしかし550ユーロ、8万円近くする。これでもがんばって値切ったのだが。こんな高い服は買ったことがないのでかなり迷ったのだが。革製品の店の店員は、コソッと「ガイドには5000ディルハム(500ユーロ相当)で売ったことにしてくれ。クレジットカードは5000で請求する。そして俺に現金で300ディルハム払って欲しい」と言う。やはりガイドへのマージン支払いの契約があるのだ。それで了承すると、カードケースをおまけしてくれた。

けっこう疲れていたが、朝昼抜きのラマダン状態なのでお腹はペコペコだ。お腹の調子もどうやら大丈夫そうな感じである。宿のお姉さんに近くにあるモロッコ料理の店を予約してもらう。暗い路地の奥にある店で、大衆的な店かと思えば、中に入ると壮麗で巨大なリヤドを改装した店だった。その内装と空間の贅沢な使い方には圧倒される。料理はここでもクスクスを注文する。前菜はハリラ(ひよこ豆のスープ)。それに果物とデザート、ミントティがついて20ユーロ。モロッコ値段としてはちょっと高めかもしれない。場所はすごかったが味はふつうだった。






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