2026年2月24日(火)第10日
今日は午後からエズ村に遠足に行く日だった。午前中は家にいたが、家で何をしていたのか思い出せない。8時半過ぎまで寝ていて、朝ご飯食べて、Duolingoをやって。仕事関係のメールの返信などをしていたのか。あ、そうそう週末のイベントのシミュレーションをしていたのだった。
昼前に家を出る。家を出てまず近所にあるニース料理の人気店、Le Tchitchouに行って、明日、明後日、明明後日のいずれかのランチを予約できないか尋ねた。この店は地元の人に圧倒的に支持されているニース料理の名店だが、こじんまりしているので、予約必須となっている。Azurlinguaの校長に二回連れて行ってもらったことがある。幸い、明日のランチ、4人席を予約できた。やはりニースにいるのだから、本場のニース料理は食べておきたかった。そのあと、学校に向かう途中でケバブを買って、それを昼食とした。
フランスのケバブは、肉の量が日本のケバブより多くて、美味しい。何年か前に、フランスから帰ったちょっとあとに江古田のケバブ屋に行ったとき、ケバブのボリュームが物足りなく感じた。ケバブ屋の店員に、「どこから来た?」と聞くと、「トルコ」と答えた。「イスタンブールでこのボリュームのケバブを出すなんてありえないだろう?」と言うと、「日本では事情が違いますから」と返ってきた。そう、事情が違うからしかたない。
ケバブはフランス留学した日本人学生ならたいてい好きになる。私もケバブを知ったのはフランスだ。ボリュームがあって、安くて、肉と野菜が食べられる完全食だ。私は一時kebabisteを名乗っていた。フランスのいたるところにケバブ屋があるが、ニースよりもパリのほうがケバブ屋の競争が激しいためか、ちょっとクオリティが高いように思う。ニースのケバブも十分おいしいのだが。ケバブ屋は女性客は少なく、白人女性がケバブ屋にいることは極めて稀だ。ブルーカラーの有色人種がケバブ屋のメインターゲットだと思う。
エズ村にはバスで行く。昨日夕方に、ニースの観光案内所(touriste information)で行き方を確認した。フランスは全般的にサービス業に携わる人の労働モラルは、日本の平均と比べるとはるかに低くて、無気力、無能、無愛想の三拍子そろった店員の気分の悪い応対をされることがちょくちょくあるのだが、私の経験では医療関係者(医師、薬剤師)、劇場スタッフ、そして観光案内所のスタッフで、嫌な思いをしたことはない。いずれも感じがよくて、テキパキと仕事をこなす。フランスのtouriste informationは日本の観光案内所より、歴史的な事情で公的なステイタスが付与されていて、職業意識が高い、とどこかで聞いたことがある。ひとりで旅行するときは、いわゆる観光目的でないことがほとんどなので、観光案内所に情報を得にいくことは数回しかなかったが、ニース語学研修旅行では学生たちを連れていかなければならないので、たびたび観光案内所に問い合わせに行った。応対は丁寧だし、情報は的確で、Google Mapではわからないノウハウを得ることができる。
ニースからエズ村には路線バスで行くことができるのだが、この路線バスの始発駅であるヴォーバンのバスターミナルにまず行かなければならない。ヴォーバンは学校からは2キロ以上離れたところにある。ヴォーバン始発でエズ村に行くバスは、1時間に1本しかない。エズ村での滞在時間をできるだけ長くとりたかったので、13時半ヴォーバン発のバスに乗ることにした。そのためには、ニースヴィル駅の近くからトラムに乗るよりも、鉄道で一駅のニース・リキエ駅まで行き、そこからヴォーバン・バスターミナルに行くのが一番早い。そのため、学生たちの集合時間をニースヴィル駅に12時45分に設定した。
ヴォーバン・バスターミナルからエズ村までは80番のバスで30分ほどだが、途中から崖沿いの山道となる。ニースのバスの運転は全般的に荒くて、急発進急停車が多い。昨日、グラースで香水アトリエに行った学生たちのなかには、カンヌからグラースへのバスで車酔いした人が何人かいたようだ。バス乗車時に、回数券のカードを人数分、バス内の検札機にかけるのだが、15人分の検札が必要なのに、11人分しか検札されない。フランスの機械にはありがちなトラブルだ。何回やってもダメだった。
「コントロールの連中が来たときに、罰金を取られるのは嫌だ」と言うと、運転手が「おれが証言するから大丈夫」と言うので、11人分だけ検札して乗車した。
南仏のニース近辺には、「鷲の巣村」と呼ばれる急峻な崖山の頂上付近に形成された村や町がいくつもある。ニースとモナコのあいだにあるエズ村は「鷲の巣村」でも最も知られているところで、高所から見下ろす地中海の景観がすばらしい。人気観光スポットで、ニース語学研修旅行では毎回学生たちを連れて行っている場所だ。エズ村に着くと、まずこの村の一番高所にある植物園に向かって登った。植物園に至るまで、急な坂道に沿って石造りの道と家が密集している街の風景が特徴的だ。バス停から植物園までは15分くらい。まず植物園の頂上まで登り、パノラマを楽しみ、1時間後にふもとにあるガリマールの香水工房の前に集合することにした。今回の語学研修旅行は天気に恵まれていて、おそらく滞在中、雨に降られることはないだろう。
植物園のあとは、18世紀から営業を続けるフランス最古の香水工房、ガリマールを、まずフランス語のガイド付きで見学した。ガイドは20分ほどか。前に一度、この香水工房ガイドをお願いしたことがあるが、今回は依頼するときに「ゆっくり、優しいフランス語で」と言ったためか、以前聞いたガイドより内容が薄かったように思う。私が通訳しなくてはならないので、早口で情報量が多いと困るのだが。
香水の香りはnoteと呼ばれる階層で細かく分類されて、そのnotesは大きく、note de tête「トップ・ノート」、note de cœur「中間部のノート」、note de fond「土台のノート」に分類される。香水は三つの段階のnoteを複雑に混交させて作られるとか、香水は原料とその匂いの質によって、花類、樹木類、シダ・コケ類などのfamille「家族」に分類されることとか、香水師養成の学校はフランスにしかないことや、グラースがなぜ香水の首都となっているか、などなど。前に聞いたときは、香水の製造方法についての説明もあったように思った。
日本にはフランスのような香料の分厚い伝統はない。現代の日本ではむしろ無臭が志向されていて、フランスで香水が発達しているのは、フランス人があまり風呂に入らないので、その体臭消しのためだ、というような俗説が流布している。しかしフランスにおける匂いの文化の歴史は長く、その蓄積による技術の高さや哲学は、日本人が思うよりも遙かに深いものである。というようなことは、たぶん9年ぐらい前にこの香水工房のガイドによって知ったものだ。
工房のガイドツアーのあとは、店舗での買い物時間となる。ガイドツアーは買い物の宣伝みたいなもので、予約なしで無料だ。私たちをガイドしてくれた店員は、日本人向けの三つの香水を用意し、プレゼンテーションした。香水は100ミリリットルで65ユーロ前後とかなり高価なものだが、学生のうち何人かは購入したようだ。日本ではフランスのガリマールの香水がどれほど知られているのか知らないが、よい記念にはなるだろう。私は何も買わなかったが。老年おやじに近くなって、ちょっと加齢臭というのが気になっていたので、どうしようか迷ったけど。まあ必要なら、日本でなんか買えばいいか。ここの香水(匂いの持続力が一日)やeau de parfum(匂いの持続力が5時間ぐらい)は、天然素材だけを使った本物だけに高い。フランスはおおむね、高くて素晴らしいものか、安くてひどいものしかない。お買い得品というのが日本よりはるかに薄い国だと思う。30分ほど買い物時間を設定した。
このところ歩いてばかりで疲れがたまっているので、帰りもバスでニースに戻るつもりだった。それが一番安上がりでもある。しかし次のニース行きのバスは5時50分だった。ガリマール香水工房を出たのが5時前だ。9年前にここに来たとき、そのときはAzurlinguaのスタッフが連れてきてくれたのだが、帰りは「ニーチェの小径」という山のなかの道を降りて、ふもとにあるSNCFのエズ駅まで行き、そこから列車に乗ってニースに戻ったことがあった。かなりしんどい山道ハイキングだったが、そのあとは、夜にオペラを見たことも覚えている。Google Mapでは40分で麓に降りることができて、しかも平坦な道とあった。Geminiも「ハイキングコースとしては中級。今の季節で、下りならおすすめです」みたいなことを言っていた。50分、エズ村で無為に時間を潰すより、このニーチェの小径を降りてみることにした。下りだし、ハイキング気分も味わえて、バスで降りるよりもいいのではないかと思ったのだ。
しかし9年前の私は若かったんだなあと思った。昨年9月と10月に普通の道で転倒して、そのせいで肩の痛みがずっと続いているので、転ばないように慎重に降りたのだが、「平坦な道」どころか岩がゴロゴロしているかなりの急斜面を延々と降りなくてはならない。気軽なハイキングコースではまったくなかった。転けないようにゆっくり降りていったが、膝はガクガクで、汗はダラダラ。学生たちは若いだけあって、さっさと降りていった。私がなかなか降りてこないので、戻って私を探しに来てくれた学生もいた。本当にひどい山道だった。またエズに来る機会はあると思うが、《ニーチェの小径》はこれが最後だ。無駄に学生たちを疲れさせてしまった。自分も体力温存しておくべきなのに。エズ駅から鉄道でニースに戻る。
夕食はレンズ豆とにんじんにソーセージ。いかにもフランスの家庭料理らしい料理だ。今夜もとても美味しかった。またついつい食べ過ぎてしまう。
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