2026年2月23日(月)第9日
語学研修が第二週目に入った。今日は遠足の予定がない日で、午前中の授業の後はフリーになっている。学生の一部は授業後にグラースに香水作りのアトリエに参加するとのことだった。ちょっと心配だったけれど、自主的に自分たちで企画して、実行するというチャレンジは悪いことではない。行程の連絡と帰着後の報告をするように念押しして、許可した。
私は午前中は滞在先の家で、韓国語のZoomレッスンを受けた。始めて3ヶ月になるが、自分が思っていたよりも単語などが覚えられなくて、すごく上達した感じはない。昨年の7月からDuolingoで韓国語の勉強を始めていたのだが、4ヶ月やってもまったく上達した感じがないので、知り合いのつてでソウル在住の韓国人の先生を紹介してもらい、1回80分、週1で教えてもらっている。ハングルは一応読めるようになったが、すらすらは読めない。これがネックになっているように思う。ただ自分が新しい言語を学ぶことで、自分のフランス語教授法の課題も見えてきた。韓国語レッスンはZoomの個人レッスンなので、先生はとても丁寧に反復練習につきあってくれる。自分のクラスの授業ではここまで丁寧に指導はできないが、参考になることは多い。
昼休みの時間に学校に行き、学生と外食したときの未回収の食事代を受け取る。今日の夜は、7年前から毎年学生を預かってもらっているイザベルさんの家の誕生パーティに招かれている。そのプレゼント用のチョコレートとワインを旧市街で午後に買おうと思っていた。それでチョコとワインの購入に興味がある人は一緒に来ていいよ、と呼びかけたら数人の学生が一緒に行くことになった。
昼ご飯は先日行ったアジアン料理屋の日本人店員がニースで一番人気のフォーの店、と言っていたベトナム料理屋に行くことにした。外からは店のなかの様子がうかがいにくい、ちょっと入るのに躊躇する店だったが、ガラッと扉をあけて中に入る。店内には5つほどテーブルがあったがほぼ満席だった。丸テーブルが空いていて、そこに私のあとにやってきた若い中国人カップルと相席で座ることに。このカップルとはテーブルに案内される前に入り口で言葉を交わしていたのだが、実に感じのいい人だった。エンジニアとしての勉強をするために、3ヶ月前からニースにいるという。フランス語はあまり得意でないようだったので、片言の英語、ときおりフランス語で会話をした。
私たち3人が同じ丸テーブルで食事をしていると、さらにあとから中国人の中年女性が店に入ってきて、彼女ともテーブルをともにすることに。丸テーブルが見知らぬアジア人に占拠されることになった。中国人カップルは中国の南の地方の出身で広東語が第一言語だという。二人のあいだでは広東語の会話がなされていた。あとからやって来た中国人婦人は二人とは知り合いではないらしい。彼女は北京語しか話さない。中国人カップルの男性が中国人婦人のことばをたびたび仏語まじりの英語で翻訳して、私に伝えた。何を注文したとか、日本のどこに行ったことがあるとか、たわいのない会話だ。
日本人と中国人のメンタリティや物事の認識の傾向にどれくらい共通するところがあるのかよくわからないけれど、フランスにいると、同じ東アジアのマイノリティというだけで何となく安心感を持つことができる。私はパリに滞在するときは、好んで13区の中華街に宿を取るが、東アジア系の人が周りにいるとなんとなく安心感があるし、実際、フランスで感じの悪い中国人と出会ったことはない。パリに留学中は、中華料理屋や中華スーパーに食生活のうえで散々世話になったので、私に限らず、パリ留学した日本人留学生は中国人に足を向けて寝ることはできないはずだ。孤独な留学生活で、食生活は精神の安定のうえできわめて重要だ。それにしても今日の中国人カップルは片言の英語での会話とはいえ、実に気持ちのいい人たちであった。
昼食後、学校に戻り、3人の女子学生と旧市街に向かう。最初にチョコなどの買い物をしようと思ったが、毎週月曜日にサレヤ広場で開催されている蚤の市に先に行くことにした。フランス語では、蚤の市はmarché aux pucesもしくはbrocanteと言う。サレヤ市場は火曜日から日曜日は花と食料品屋が並ぶマルシェなのだが、月曜だけは骨董や雑貨、食器などが並ぶ古物市なのだ。私は何も買う予定はないのだけど、グラースでの香水アトリエに参加している学生から、「卵立てがあったら写真送ってください」とメッセージが入り、卵立てを探しているうちに見て回るのが面白くなった。やはりなにか目当ての品物があると、こういう古物市は楽しめるのだろう。古着や絵画、アクセサリーなどいろいろなものが売っていたが、とりわけ目についたのは食器類だ。19世紀の有名なメーカーの銀製のスプーン、フォークなど一式は、ぎょっとするような値段がついていた。
ジェラートが食べたくてしかたなかったので、先週火曜日の学校主催の市内ツアーでガイド役のクロエが推薦していた聖ルパラート大聖堂の広場のジェラート屋に向かったが月曜が休日だった。旧市街にある地元ワインのベレを扱っている酒屋も月曜休業。結局、旧市街を抜けたところにあるチョコレート屋で、小型チョコレートの詰め合わせをイザベルさんの誕生日用に買った。
そのチョコレート屋のそばに、La Sorbonneという品揃えがいい書店があるので、学生たちを案内する。日本の作家コーナーのそばで学生たちが、若いフランス人女性に話しかけられていていったいどうしたんだと思ったら、その女性はニース大学で文学を専攻している学生だった。英文学専攻だが、日本人作家の小説も読んでいて、特に村上春樹の作品のファンとのこと。穏やかで感じのいい女性だった。10分ほど立ち話をする。ニースでは人なつっこい、好奇心旺盛な人とちょくちょく出くわす。南仏っぽいなと思う。パリではこういうことはほぼないように思う。
本屋を出た後、学生たちと別れ、Monoprixで靴下とヘアスプレー、お菓子を購入して、一度、自分の滞在先に戻る。なんのかんので今日も長距離歩いてしまった。昨夜は韓国語の授業の準備もあったので寝不足だ。昨日、一昨日の遠足での長時間歩行もけっこうダメージが残っている。疲れた。
けど18時半に家を出て、イザベルさんのところへ。イザベルさんに私の研修の学生をはじめて預けたのは7年前だ。それ以来、ずっと継続的に、私の学生の受入をお願いしている。イザベルさんとその夫のフランソワは、本当にニースの下町のおばちゃん、おっさんという感じで、誠実で、開けっぴろげで、裏表がない。善良さのかたまりみたいな人で、安心して学生を預けることができる。毎年お世話になっていて、しかも滞在中にイザベルさんの誕生日なので、数年前から誕生日にチョコレートの贈り物をしていた。一昨年、彼女の誕生日に招待されたのだが、そのときは私の体調が悪くて招待を受けることができなかった。昨年は、マントンの遠足に、イザベルさんが参加した。そして今年、ようやく彼女の家に行くことになった。
偶然、イザベルさんの住んでいる建物には、2014年の夏に知り合った眼鏡屋で働くスタイリストのイザベルも住んでいる。どっちもイザベルという名前のためややこしいが、ホストマザーのイザベルは何年か前まで保育ママをやっていて、スタイリストのイザベルは娘を前者のイザベルに預けていたことがあったのだった。今日の誕生パーティにはスタイリスト・イザベルも招待されていた。他は近所に住むイザベル夫妻の友だちが3人来ていた。そのうちの一人、84歳のおばあさんの作ったタマネギ、アンチョビ、オリーブのピザ、ピサラディエールがとても美味しかった。ピサラディエールはニースのローカルフードの代表で、私はニースに来るたびに1回は食べているのだけれど、そんなに美味しいと思ったことはなかったが、今日のピサラディエールは、タマネギの甘みとアンチョビの苦みと塩気のハーモニーが絶妙で、4枚も食べてしまった。
イザベルさん、フランソワさんともほんとにかしましい。賑やかで陽気な食卓だった。今回の学生二人はおとなしめの女の子なのだけど、このかしましい家庭にもなじんできているようで安心した。イザベルさんが、「あいりは、このころ、フランス語でよくしゃべるようになった」と言うので、「フランスに段々慣れてきて安心したからでしょう」と応えたら、「いや、フランスじゃなくて、私に慣れてきたんだよ」と言うので笑った。確かにそうかもしれない。午後9時過ぎにイザベルさん宅を出た。楽しい晩餐だった。
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