まあ平穏ないい日だった。
8時半に起床する。午前中は家にいて、夜にニース国立劇場に行く芝居、アルジェリア人作家Aziz Chouaki作の戯曲、Esperanza (Lampedusa)を読んでいた。アフリカから船で、イタリア最南端の島、ランペドゥーザ島を目指す難民の物語だ。フランスに来る前に見たイタリアのドキュメンタリー映画、『海は燃えている』がまさにランペドゥーザ島の難民の問題を扱っていた。ランペドゥーザ島はグーグルで検索すると「船が浮いて見える驚異的な透明度の海の島」といったリゾート地としての情報が多数上がってくる。しかしこの島は年間に5万人の難民が漂着する難民の島でもある。戦争や迫害を逃れ国を捨てたアフリカの難民たちは、チュニジアから数十キロの場所にあるイタリアのこの島を目指すのだ。
内容は非常に興味深いのだが、俗語や口語的表現が多数でてきて、私にとっては難しいテクストだった。
昼はいつものように食堂で学生たちと一緒に食べる。食事前に学校事務所により日曜日の出国の日の送迎時間を確認した。
今日の午後は学校のプログラムによる遠足はない日だった。私個人の企画で、サン=ポール・ド・ヴァンスへの遠足を提案したけれど、思っていたより学生たちの反応は鈍い。正直、ちょっとがっかりなのだけれど、まあ仕方ない。ニースにとどまりショッピングなどをしたい学生が多かった。4人の学生がサン=ポール・ド・ヴァンスに私と一緒に行き、残りの9人はニースに残った。
サン=ポール・ド・ヴァンスは、ニースの西北の丘の上にある石造りの城塞村で、バスで一時間ほどのところにある。コートダジュールにあるこの種の「鷹の巣村」のなかではエズと並んで人気の高い村だ。バスで一時間だが、交通費は片道1.5ユーロ。ニースはバス代は安い。
この村の近くにはメーグ財団の現代美術の逸品を集めた素晴らしい美術館があるが、今日は時間がなくてこの美術館には行けなった。バスを降りて、村の城壁に入ってすぐのところにある観光案内所に行って村の地図を貰った。日本人観光客も多いのか、日本語の地図もあった。観光案内所のお兄さんに見どころを聞くと、愛想よく教えてくれて、実に感じがいい。観光案内所だったら感じいいのが当たり前ではないかという気もするのだが、フランスでは必ずしもそうではない。
村での滞在時間は二時間ほど。まず村を囲む城壁沿いをぐるっと回る。一周するのに約30分くらい。高台の丘の上に村が建設されているため、眺望がすばらしい。ここには古代以来人が住んでいたことが確認されるが、村が城塞化され、反映するのは14世紀のプロヴァンス伯領時代のことだ。コートダジュールの海岸沿いの都市の景観の多くは、19世紀後半以降のベル・エポック期に作られたもので、漆喰でパステルカラーの壁、オレンジ色の瓦屋根が特徴だが、サン=ポール・ド・ヴァンスは道路、建物とも石造りで、周囲も城壁で囲まれていて趣が海岸の都市とは全く異なっている。
20世紀の初め頃までは、サン=ポール・ド・ヴァンスは住民以外にはほぼ忘れ去られた小さな集落だったが、1930年代以降、有名な文人、画家、歌手がこの村に滞在し、観光地として発展していった。シャガールの墓はこの村の墓地にある。村の規模はエズより大きい。村のなかにはレストランやお土産物屋、ホテルのほか、画廊がたくさんある。画廊に展示されている作品は観光客向けのあからさまな売り絵っぽいものよりは、ちょっと凝った作品が並べられている。村から徒歩で20分ほどのところにあるメーグ財団のコレクションの質の高さを思うと、サン=ポール・ド・ヴァンスの多くの画廊の作品は趣味が今ひとつだが。
ぐるっと外周城壁に沿って回ったあとは、村の内部に入り、40分ほどそれぞれ自由に回ることにした。村のなかは写真スポットがいっぱいある。
私はここに来るのは昨年に続いて二度目だ。閉館時間まで10分で、入場料が4ユーロということでちょっと迷ったのだが、17世紀の礼拝堂内部にジャン=ミシェル・フォロンが装飾したモザイク画を見に行った。奥側の正面と側面がフォロンの作品になっている。空間の中央には彫刻が置かれていた。パステルカラー中心の明るいグラデーションで描き出されたフォロンの作品には、入った瞬間、思わず「おっ」と声が出そうになった。鑑賞時間は10分だけだったが見に行ってよかった。
5時前にサン=ポール・ド・ヴァンスを出る。西日が側面から照らすサン=ポール・ド・ヴァンスの風景が何とも言えず美しい。ニースに到着したのは午後6時頃だった。
明後日、土曜の夕方に行われるオーケストラのコンサートのチケットを買いにオペラ座に行ったが、チケット窓口は閉まっていた。夜にニース国立劇場で見る芝居、『エスペランサ』の開演は20時半でだいぶ時間がある。海岸に行って夕暮れの風景をしばらく見ていた。何度見てもニース海岸の夕暮れ風景は美しい。
夕食は一人飯。チュニジア菓子の店に入った。菓子屋なのだけれど、ブリックという巨大な揚げ餃子風の定食は食べることができる。店の中でブリックを食べているのは私一人。この手の大衆的エスニックはやたらと店員が多いが、ここも客がいなくてひまなわりには4、5人の店員がいて、アラビア語やフランス語でがやがや話していた。
ブリックはそれなりおいしい。野菜も添えられていて健康にもよさそう。B級ローカルフードの典型みたいな料理。デザートにアラブ菓子のミルフィーユみたいなものがおいしそうだったのでそれを食べる。これにプラスしてミントティ。13ユーロ。日本の外食を考えるとけっこう高いといえば高い。でもそれなりに満足できる一人飯夕食となった。
学生二人とニース国立劇場で『エスペランサ』を見る。上演時間は80分。予想していたが、戯曲を読んで予習してきたものの言葉は断片的にしか聞き取ることができない。早口で俗語、口語特有の表現がまくしたてられるとお手上げだ。それでも予習のおかげで、何が展開されているのかはわかる。パセティックな話だが、ユーモラスかつエネルギッシュに演じられ、音楽や舞踊的表現がうまく使われている。
苦労と困難を経て、アフリカを旅立ち、新天地であるヨーロッパを目指し地中海を漂う難民たちは、船のなかでいったい何を考え、何を話すのだろう。ヨーロッパが目下直面している難民の問題を正面から誠実にとりあげた優れた戯曲だと思ったし、狭い船上のなかで展開するこの物語を単調に陥ることなくダイナミックに展開させた演出も悪くなかった。二日前に見たブルックの『バトルフィールド』なんかよりよっぽどいい。
嵐で海に投げ出され、はぐれてしまった仲間を見送りながら、「ランペドゥーザ」と叫ぶ最後のセリフは胸に迫った。
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