2024年2月28日水曜日

2024/2/27 ニース第11日

 例年、学生を連れてのこの語学研修では滞在先はニースだけにしていた。参加する大半の学生たちにとって初めてのフランス滞在なのでパリに行きたいという思いはあるとは思うのだが、パリでの日程を加えると費用が高くなってしまうし、パリへの移動や滞在先の手配を私がやることが大きな負担になるからだ。ニース滞在だけなら、滞在先は学校が確保してくれる。週日の午前中は学校でフランス語の勉強、午後と週末は遠足と観光で、滞在時間を有効に使うことができる。

前回夏にニース研修を実施したときにパリ滞在を希望する学生が何人かいて、それで今回は「お試し」みたいな感じでパリ滞在を入れてみた。パリを入れたほうが学生が集まりやすいかなと思ったというのもある。しかしパリでの宿舎の確保と予約、そしてニースからパリへの移動手段の確保は、私個人でやるのはやはり予想したとおり、けっこう大変な作業となった。

ニースからパリは国内線を利用するという手もある。LCCなら安い値段の航空券があるのだけど、荷物の重量やキャンセル・変更などの条件が厳しくなる。毎回ニース行きで使っているエミレーツ航空はエコノミーの受託荷物の重量制限が30キロと緩いのだが、それでも例年、荷物が重すぎる学生が必ず出る。そういうことを考えると、航空機でのパリ移動は回避したほうがいいかなというような気がした。また軽めの乗り鉄である私は、TGVに乗ってパリに移動してみたかったというのもある。TGVには私は長らく乗っていない。

フランス国鉄SNCFのサイトを調べたところ、10名以上なら団体料金ということで、思ったより安くニースからパリにTGVで行くことができることがわかった。それで昨年12月のはじめに13名分のパリ行きのTGVのチケットを予約して、これでパリまで移動できるか、とホッとしていたのだった。

SNCFの団体旅行予約サイトからは、乗車の一週間前に乗客の人数分のe-ticketsがメールで送られてくるということだった。今週末、3/2(土)にニースを発つので、本来なら2/24(土)にはe-ticketが私のメールアドレスに届くはずだ。それが届いていない。問い合わせ先アドレスに土曜夜に問い合わせメールを送ったところ、「問い合わせ、確かに受領しました」という自動返信メールしか返ってこない。「週末だから、担当者が休み?」(よく考えたら鉄道会社でそんなことないだろとは思うが)と思い、週明けの月曜になったがやはり返事もないし、e-ticketsも届かない。そして今日、火曜日の午前10時を過ぎてもSNCFからの返信はなかった。

これはメールを出しても無駄だと思い、ニース駅に直接出向いて問い合わせることにした。予約票・領収書はメールで受領済みであり、プリントアウトしていたので、それを見せたらすんなりチケットが発券されると思っていたのだが....

駅の問い合わせカウンターで予約票を示して事情を説明すると、スタッフが端末に予約番号と私の名前、電子メールアドレスなどを入力したが、なぜか私の団体チケットの予約状況は検出されない。たぶん、なんかの情報が間違って登録されているのだと思う。するとそのSNCFスタッフは、私が示した予約完了メールに記載されてある問い合わせメールアドレスに問い合わせろと言うのだ。それは先週土曜にやっているが、返事がないと既に伝えているのに。このSNCFスタッフは、それなら問い合わせ電話番号に電話して聞け、と言う。

それじゃあ、いったいなんのために私が駅の案内所まで出向いているのかわからんじゃないか! だいたい目の前にいるSNCFの顧客対応係と話しているのに、自分じゃどうしようもないから、SNCFからの予約票に記されている問い合わせ番号に電話しろとは。

「すでに状況はややこしいことになってるし、私の拙いフランス語で電話でやり取りは無理だ、そっちが電話かけて確認してくれないか?」と言うと、「うーん、ここは個人の旅行の案内はできるけど、団体チケットの対応は別だから」と言う。なんなんだよ、この使えなさは!?

ここで放り出されては、チケット問題は解決するような気がしないので、「頼むからなんとかしてくれ、12人の子供を日本から連れて来てるんだ」と言うと、別のスタッフを呼んでくれた。

その別のスタッフも、予約完了メールにある問い合わせ電話番号に電話をかけて聞いてくれと言う。「いや、お願いだからあなたが電話してくれないか?」と頼むと、しぶしぶという感じで彼が持っていた携帯電話から問い合わせ番号に電話してくれた。

しかし彼がかけた問い合わせ番号からは「このまましばらくお待ち下さい」という自動応答と音楽が10分以上にわたって流れるだけ。彼も自分の勤務先であるSNCFのカスタマーサービスのひどさがわかったはずだ。「自分で電話しろ」と言われた時点であっさり引き下がらなくて正解だった。

結局、そのスタッフは一回事務所に戻り、別の連絡番号を聞いて、そこに電話したらようやく担当者と繋がった。ハラハラしながらやり取りを聞いていたが、駅の案内所に到着してから1時間後にようやく、団体e-ticketが自分のメールアドレスに送られたのを確認できた。ちゃんと予約票などは持っているのに、まさかチケット引き取りに、こんなカフカ的状況を体験せねばならないとは、SNCF恐るべしである。まったく、フランスには鍛えられる。夜になってSNCFのカスタマサービスから、既に上記のやりとりで入手済みのe-ticketsと「SNCF 団体旅行は、お客様のご信頼に感謝します」という文言の入ったメールが届いた。さすがに反射的に「merde」と返事したくなった。

仮にe-ticketが発券されなかった場合はどうするかということも色々シミュレートしていた。神経がすり減った。

昼飯は学校そばのカフェテリアで学生たちと食べる。今日はモツのソーセージ、アンドゥイユがメニューにあったのでそれを選んだ。モツなのでクセが強く、日本ではあまり食べる機会がない。



午後はAzurlinga主催の遠足でモナコに行った。今回は20名ほどのイタリア人学生のグループと一緒である。人数が多いし、イタリア人は我々日本人より奔放なので、animatriceのユヴァはかなり大変だ。ニースからモナコまでは列車で20分ほど。モナコはバチカン市国に次いで世界で2番目に小さい主権国家だ。超お金持ちしか住んでいない場所である。領主として大公(プリンス)が国を統治し、高台に宮殿がある。カジノやF1の公道レースでも知られている。

モナコ行きの列車のなかで、ニースで美術館などを訪れる観光客がほぼ白人であり、黒人・アラブ人がいないのはなぜかと聞かれた。フランスでは、演劇も黒人の観客はジャンルを問わず、非常に少ない。パリなどの大都市では、黒人、アラブ人、東アジア人などの非白人があんなにたくさんいるのに、と思う。芸術の普遍性とはなにか、とか、この問いからいろいろ考えてしまう。

モナコは近隣のコートダジュールの都市たちと基本的に同じ地理文化圏にあるが、モナコに入るとすぐに、ここがフランスとは別の国であることを感じる。とにかく清潔で、道にゴミや犬の糞がほとんど落ちていないのである。監視カメラが多数設置され、警官も多く、町の治安は極めていい。居住している超お金持ちたちへのサービス業を担うのは近隣のフランスの都市からの労働者だ。海のすぐそばまで崖が迫り、その崖沿いに高層の建物がひしめき合うモナコの景観は独特の雰囲気がある。観光産業と金持ちの快適な生活のために形成されたテーマパーク的で人工的な町だ。

モナコはコート・ダジュール観光の定番中の定番なので、私はニースに来るたびにモナコに来ている。たぶん10回以上は。定番の観光コースは、まず高台の大公宮殿に行って写真を撮り、それから海洋博物学者でもあった20世紀初頭のモナコ大公、アルベール一世を記念して作られた水族館+海洋博物館の見学。そのあと港まで降りて、さらに上ってカジノやオペラ座、オテル・ド・フランス、高級ブティックなどの超ブルジョワのための歓楽施設が固まってあるモンテ・カルロ、というものだ。今回も雨のなか、このコースをめぐった。

十回ぐらい来ているのだが、正直なところ、私としてはモナコはその人工性ゆえに、一度来ればそれで十分、コートダジュールの都市のなかで最も魅力を感じない場所だ。現実のいびつなミニチュアともいえる演劇の《まがいもの》性を面白がっている私が、なぜモナコなどの「テーマパーク」的な場所の《まがいもの》性には関心を持てないのかについては、考えてみたほうがいいかもしれない。《まがいもの》性は観光性とも結びついている。私たちは本質的に、オリジナルではなく、その《まがいもの》を愛しがちであるということは、このところ考えているテーマの一つだ。

モナコ見物の最中、早稲田大学文学学術院の北村陽子先生の訃報を知った。65歳。フランス美術の専門家で、フランス語・フランス文学コースと深いつながりがあった先生だ。親しい付き合いがあったわけではないが、同じ場所で同じ分野で学んだ知人の死には心がうずく。

モナコにはニースから働きに来ている人も多い。帰りの列車はモナコからニースに帰る人たちとのラッシュにも重なったようだ。幸いバラバラにだが座ることはできた。


ユヴァが列車内を移動して、ちゃんとそろっているか確認作業をして私の座っている座席を通りかかるときに、私はみんなが下車するニース・ヴィル駅ではなく、その一つ手前のニース・リキエ駅で下車することを彼女に伝えた。私の滞在先はニース・リキエ駅から歩いて5分ほどのところにあるのだ。
すると私の隣に座っていた黒人の中年男性が全くの赤の他人なのだけど「うん、僕もニース・リキエ駅で降りるんだ。一緒に降りよう。あの駅ではたくさん人が降りるから大丈夫だ」と話しかけてきた。

フランスでは見知らぬ人に話しかけられることが、日本よりはるかに多い。面白いなあと思う。


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