2020年3月7日土曜日

2020/03/06 スライゴー

スライゴーは「イエイツの故郷」と呼ばれるが、イエイツはスライゴー出身ではないし、スライゴーでずっと生活していたわけではない。イエイツの母の出身地であり、とりわけイエイツが弟とともにその少年時代の長期休暇を過ごしたこの町が、「イエイツの故郷」と呼ばれるのは、彼の多くの詩作品の発想の源泉となったのがこの地だからだ。

しかしスライゴーの町並みの風景は、市内を流れる川や低層のカラフルな建物が立ち並ぶさまは魅力的と言えないことはないとはいえ、ありふれた小さな町に過ぎない。イエイツがどちらかといえば散文的ともいえるこの風景からインスピレーションを得て、あの幻想的で神秘的な世界を生み出したというのがちょっと不思議に思える。

イエイツのいくつかの有名な詩の題材となった場所は、スライゴーの郊外の自然のなかに散らばっている。最もよく知られている詩のひとつである「湖島イニシュフリー」のあるギル湖はそこに行く公共交通機関がない。ツィッターでつながっている人のひとりがレンタル自転車で行ったと情報をくれたが、湖を一周してスライゴー市内に戻ってくるには40キロ以上走らなければならないことがわかり、これは断念した。土地勘のない場所でそんな長距離を自転車で走るのは不安だったし、体力的に無理しないほうがいいと思ったので。

レンタカーを利用できれば近隣の観光ポイントを効率よく回れるのだが、私は公共交通機関を使うしかない。午前中はイエイツの墓があるドラムクリフに行った。スライゴー市内からは8キロぐらい北のところにある。ここに行くバスは2時間に一本ぐらいしかない。バスで20分ほど。小型のバスには10人ほどの乗客がいたが、ドラムクリフで降りたのは私だけだった。
ここにはプロテスタントの教会があり、イエイツの曽祖父がここで牧師をやっていたそうだ。教会の周りは墓地になっていて、そこにイエイツの墓がある。この墓地の背景には、切り立った稜線が印象的なベンブルベン山が堂々たる存在感でそびえている。
イエイツは1939年に南仏で死んだが、その10年後に「ペンブルベン山のふもと」の末尾で要求したとおり、この地に遺体が運ばれ埋葬された。その墓石は周囲の他の墓と比べて特に立派というわけではない。墓石には「ペンブルベン山のふもと」Under Ben Bulbenで作者が望んだとおりの文句が刻まれている。

Cast a cold eye
On Life, on Death,
Horseman, pass by!
冷たい視線を投げかけろ、
生に、そして死に
騎乗の人よ、通り過ぎるがいい!

墓地の駐車場にカフェ&お土産屋があったので、帰りのバスの時刻までそこで時間を潰した。カフェには4組ぐらいの客がいた。自分の親戚の墓参りに来たひとなのか、それともイエイツ詣に来た人なのか。墓地にはかなり広い駐車場があって、私以外は自家用車でここに来ている。

バスでスライゴー市内に戻る。バス停のすぐそばにイエイツ記念館があったので入った。イエイツとその家族、イエイツ周辺の文学者についてのパネル展示が主な地味な文学館なのだけれど、入場料は3ユーロ必要。記念館スタッフのかたが一通り展示について説明してくれた。彼女の説明の半分くらいしか理解できなかったが、「オー!」とか「イエス」とか相槌を打ってごまかしながら聞いた。親切に説明してくれたのにさっさと出ていったら申し訳ないような気がして、彼女の説明が終わった後もパネル展示をひととおり自分としては丁寧に読んでいった。売店でイエイツの詩集を購入した。

昼飯はグーグルマップのおすすめに従ってハンバーガーを食べた。肉厚でジューシーでおいしいハンバーガーだった。
午後は「さらわれた子供」というイエイツの詩で言及されているロッシズ・ポイントに行った。ここもスライゴー市内から8キロぐらいのところにある。今になってこれくらいの距離だったらレンタル自転車を探してそれで行けばよかったと思う。ロッシズ・ポイントはバスの終点で15人ぐらいの乗客が降りたのだが、みなバスを降りるとどこかに消えてしまった。あたりにはイエイツ・カントリー・ホテルという立派なホテルとレストランぐらいしかない。みんなそこに入ってしまったのか。

ロッシズ・ポイントは海辺の岬だ。北側のかなたにはペンブルベン山が見え、南側の海にはオイスター島が浮かんでいる。ガランとしていて、広大で、美しい風景ではあるけれど、やはりイエイツの詩が頭にないとありきたりの海辺の風景でしかないかもしれない。この岬が言及される「さらわれた子供」はウォーター・ボーイズの歌曲で私は知ったのだった。この歌曲が含まれるアルバムはmixiで知り合ったスコットランド狂のかたに教えてもらった。この曲と詩は大好きで、自分で訳している。

Where the wave of moonlight glosses
月光の波がその光で
The dim gray sands with light,
くすんだ灰色の砂を照らす場所で
Far off by furthest Rosses
ロッシズのはるかかなたで
We foot it all the night,
私たちは一晩中その砂を踏みしめる
Weaving olden dances
古いダンスに身体をゆらし
Mingling hands and mingling glances
手を絡め、視線を交わす

Till the moon has taken flight;
月が向こうに行ってしまうまで
To and fro we leap
いたるところで私たちは跳ね回り
And chase the frothy bubbles,
水の泡を追いかけて遊ぶ
While the world is full of troubles
そのとき世界は苦悩に満ち
And anxious in its sleep.
その苦悩が眠るときには不安に陥る

Come away, O human child!
さあ行こう、人の子供よ
To the waters and the wild
水辺へ、そして森の中へ
With a faery, hand in hand,
妖精と一緒に、手を繫いで
For the world's more full of weeping than you can understand.
なぜなら世界は君が理解できないほどの悲しみで満ちているのだから

イエイツの文学的・魔術的テクストの描写を踏まえてこの風景を見ると確かに、ありふれた海辺が豊穣な幻想で満ちた世界に見えてくる。
ロッシズの北のかなたに見えるペンブルベン山にはそのときちょうど雨雲がかかって霞んで見え、その雲は強い風に流され移動していた。雨雲が通り過ぎたあとの海側にペンブルベン山に向かって大きな虹がかかった。私の周囲には人がいない。私がこの景色を独占している。もうこの風景を見れただけで、スライゴーに来た意味はあったのではないかと思った。

バスで市内に戻り、夕方はスライゴーの町中をぶらぶら散歩した。
夜はホテルのそばのパブで夕食を取る。「ステーキナイトだからステーキがおすすめだ」というのでステーキを頼んだ。アイルランドの牛肉はおいしい。しかしすごいボリューム。でも全部食べてしまう。
がやがやと多くの人が談笑しているなか、一人でステーキを食べているとさすがに寂しい気分になった。楽しげにみんなやってるなかでぽつんとアジア人中年男がひとり。こういうとき酒が飲めないのは不便だなと思ってしまう。
あと30分ほどそこにいたら音楽のライブも始まるみたいだったが、この喧騒のなかでひとりというのが耐え難くて、勘定を払ってホテルに戻った。

0 件のコメント:

コメントを投稿